2017年11月22日

鎌倉補遺

鶴岡八幡宮
 1191年に現在の姿となった。鎌倉の心の中心である。
 実朝殺害の象徴であった大銀杏は今はない。

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  歌あはれ その人あはれ 実朝忌   裸馬

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 現在の社殿は1828年の造営。

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 鎌倉国宝館
 ほとんど人影がない。

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稲村ヶ崎

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 稲村ヶ崎は新田義貞の故事で知られたところ。
 
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 源氏山の山道を下りてきた。

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 途中に太田道灌の墓(首塚)があった。英勝寺の管轄。

 さらに下ると寿福寺の前に出た。

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 ひっそりとして参拝者はいない。

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 門から参道を見る。突き当たりが寿福寺。

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 鎌倉駅の裏側から始まる商店街、お成通り。一駅分歩いた。

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浄妙寺 由緒のある寺らしいのだが。

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 あちこちの寺で芙蓉が咲いていた。写真では陰影が潰れやすい。

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 腰越漁港、江の島はすぐ近く。

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 江ノ島電鉄の腰越駅前。

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 片瀬漁港 海の詩像
 目の前は江の島
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2017年11月18日

瑞泉寺

錦屏山瑞泉寺(きんぺいざんずいせんじ)

 永福寺跡をみて、瑞泉寺へ。開山は夢窓国師と伝わる。
 花の寺として有名らしい。

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 永福寺跡から少し歩くとこの道に出る。突き当たりが瑞泉寺の前門である。
 紅葉ヶ谷(もみじがやつ)と呼ばれる谷戸(やと)にある。

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 ここで拝観受付。
 正面が登り口になる。
 この寺は見たことがあるはずだが、全く思い出せない。

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 ここから登り始める。

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 ピントが合わず判りにくいが、左が古い参道、右が新しい参道。

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 山門 かなり高みにある。

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 門前に「吉田松陰留跡碑」がある。
 吉田松陰はここに住んだことがあるのか。

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 植え込みなど、どこか纏まりがない。

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 周りが整っていると、侘び住まい、と言う言葉を思い出す。

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 本堂の裏手。

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この左が、この寺象徴の岩庭。

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 岩庭 鎌倉に残る鎌倉時代唯一の庭園

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 岩庭 水はかなり汚れているように見えた。

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 この岩庭は夢窓国師の作として、国の名勝に指定されている。昭和45年に発掘復元した。
 これがわたしの記憶に合致しない。
 記憶では、花など全くなく、水も苔もなく、まるで月の世界を思わせるような、厳しいイメージであった。夢窓国師の作ということは覚えている。
 今では見る影もない。花もしろうとが適当に植えたようで、庭園のイメージではない。
 おそらく時間の経過で、記憶が変わってしまったのだろう。自分に興味の無い部分は忘れてしまい、印象深かったところだけを覚えているのだと思う。

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 このように所狭しと花木が植えられている。
 普通にある本堂の前の広大な空き地がこの寺にはない。寺というより庵のイメージがする。適度に市街地から離れ、修行するのにふさわしいのではないか。

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 この寺の住職は歌人という。
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2017年11月14日

明月院

福源山明月院(ふくげんざんめいげついん)

 紫陽花で知られた明月院である。
 1160年に前身の明月庵が創建されたと伝わる。史実は明らかでないが、1380年に禅興寺が創建され、その塔頭となるのでその前である。そのとき名前も明月院と改めた。
 山内上杉家の祖、関東管領・上杉憲方(1335−1394)は密室守厳を開山として、明月院を創建した。
 本体の禅興寺は明治初年頃に廃絶し、明月院のみが残っている。

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 入り口から入ると、この橋を通って参道にいく。脇に総門がる。

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 紫陽花の木が多く、花の時期の見事さが想像できる。
 突き当たりは山門である。

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 小さな山門を通る。

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 悟りの窓
 方丈の裏手が、丸窓に見える。裏の庭園は菖蒲の時季など、特定の時季しか見ることはできない。

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 方丈の前は枯山水の庭園になっている。なぜかマッチしない。
 紫陽花の時、菖蒲の時など、この寺の時季は、梅雨時とはいわないまでも、水の豊富な時季であることが心の中にあり、ここだけ枯山水に違和感を感じてしまう。
 枯山水は、水が無い所で水を表現する様式と考えているので、水の豊富な所だと無理しているような感じなのだ。

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 明月院やぐら
 かなり大きい。上杉慶方の墓と言われる宝篋印塔が祀られている。

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 開山堂(守厳堂)
 開山の密室守厳像が祀られている。
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2017年11月10日

報国寺

功臣山報国寺(こうしんざんほうこくじ)

 臨済宗建長寺派の寺院。境内に竹林があり、「竹の寺」ともいわれている。
 竹林があまりに有名だが、小庭園も劣るものではない。

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 報国寺への道は気持ちのいい歩道がついている。まもなく右に曲がり細い道を山門に至る。

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 山門は質素で趣がある。山門前から庭園が始まる。

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 山門を入ると庭園の中を歩く。見過ごしがちだが、この枯山水の庭もいい。

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 右側の石段は帰り道にした。

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 この階段を上がると、本堂前に出る。

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 本堂で合掌し、本堂裏の竹の庭へ行く。

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 ミニ庭園

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 わずかに石段を登る。

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 孟宗竹の竹林が広がる。
 この日はどういうわけか着物姿が多かった。駅近くで着物を貸し出ししているので、そこで着替えて来たのか。

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 ここで茶を頂く。茶の申し込みは庭園入り口で。

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 竹林を一周すると、右手奥に狭いながら普通の庭園がある。

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「やぐら」といわれる横穴がある。やぐらの多くは墓である。報国寺の開基である足利家時や永享の乱で自刃した足利義久のものだと考えられている。やぐらの中には多数の五輪塔が置かれている。ここは立ち入り禁止。

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 山茱萸と黄色の彼岸花かな(?)。小さいながら美しい庭園である。

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 着物姿のふたりはいつも同時に自撮り棒を構えていた。

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 帰りはこの石段を下った。
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2017年11月07日

永福寺跡

浄土庭園の永福寺跡(ようふくじあと)

 永福寺は鎌倉時代初期、源頼朝が中尊寺の二階大堂、大長寿院を模して建立した寺院で、鶴岡八幡宮、勝長寿院とならんで当時の鎌倉の三大寺社の一つであった。二階建てであった事から二階堂ともいわれた。
 源義経や藤原泰衡をはじめ、奥州合戦の戦没者の慰霊の為に建てられた寺で、建久3年(1192年)に本堂が完成した。応永12年(1405年)の火災ののち廃絶した。

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 南に(左)阿弥陀堂、中央に二階大堂、北に薬師堂。回廊で結ばれ、南北に翼廊があり、先端は釣殿となっている。
 浄土庭園である。中央が狭くなったひょうたん型の池があり、池の中央の狭い部分には橋がある。庭石があっても樹木はない。
 2017年6月つまり今年、整備が完了し公開された。
   http://www.bukenokoto-kamakura.com/yofuku-ji/cg.html にCGにより復元された永福寺の姿がある。

 十円銅貨の図である宇治の平等院も浄土庭園である。両翼のある鳳凰堂の前に池、そして前庭には樹木はない。
  http://www.byodoin.or.jp/ja/guide.html 平等院

 他には平泉の毛越寺(もうつうじ)も浄土庭園だった。

 鎌倉宮から少し歩く。

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 この道を行くと、「永福寺跡へ近道」の表示がある。

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 この道を通る。

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 狭くなってきた。右はテニスコート。この一部も永福寺の池の一部であると思われるが、調査は済んでいない。
 近道といってもほとんど変わらない。

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 敷地であり、建物の跡は基壇を設けて判りやすくしている。
 右手が池である。

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 水草が繁茂しているが、浄土庭園の特徴である池がある。

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 近道をせずに来るとこの先に出る。むしろそちらの方が近いか。地図では遠そうだが。
 この右がテニスコートで、池はそこまで広がっていたかもしれない。(未調査)

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 中央の二階堂の跡である。この名から地域名も二階堂となった。

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 ここが池のくびれているところで橋があった。

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 堂と池の間には樹木はない。

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 壇の隙間の向こうが北の釣殿の跡である。

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 ここから池に水が流れ込む。昔は遙かに水量が多かったという。

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 西北の高みから。

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 池の反対側から。堂は南北に連なり、東に池がある。東から西に向かって遙拝することになる。

 浄土庭園は、いわゆる日本庭園とは異なり、独特の雰囲気や表情をもつ。枯山水とも異なる。余計な飾りはないようでいながら、かなり手をかけている。
 浄土式庭園は、極楽浄土(西方)の阿弥陀が中心となるのが普通。ここでは南の堂が阿弥陀堂である。
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2017年11月04日

佐助稲荷神社

佐助稲荷

 源頼朝が挙兵の際に、翁姿に身を変じた神霊が夢枕に立ち、平家討伐をすすめたと言われる。佐助とは頼朝のこと。この故事から出世稲荷とも。

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 大仏の見学後、佐助稲荷へ向かう。

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 大仏トンネル脇の階段を上る。この上もしばらく急な階段を上るので、途中で立ち止まってしまう。
 ここから大仏ハイキングコースに入る。

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 上に上がれば、こんな穏やかな道だ。

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 佐助稲荷への分岐からまもなく、この下りになる。かなりの急坂である。

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 わずかな距離とはいえ、滑りやすく登山道の鎖場のようだ。手すりにつかまって三点確保でゆっくり下る。

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 佐助稲荷の本殿の前に出る。鳥居から中には入れない。

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 たくさんの狐と絵馬が並んでいた。

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 ここからは石段の道だ。下の建物は拝殿である。

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 グルーブの参拝者に出会う。

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 霊狐泉
 一瞬、令狐冲と読んでしまった。(^_^)

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 さらに参道を下る。

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 下社の前にこの表示がある。

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 下社
失礼ながら、わざわざ見に行くほどのところでない。その近所に行ったら立ち寄りたい。
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2017年11月01日

鎌倉大仏

大異山高徳院清浄泉寺(だいいざんこうとくいんしょうじょうせんじ)

 大仏の製作は、1252年に始まったという。何年かかったか。
 当初は大仏殿があった。大風と地震と津波で何度か倒壊している。1486年には露座であったことが判っている。というように、初期のいきさつはかなり曖昧である。
 関東大震災で基壇が1メートルも沈下した。近年基壇を免震構造にして、大仏も補強している。

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 こうして観光客が多い。

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 仁王門には大異山とある。地図には高徳院、清浄泉寺の名は知らなかった。 

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 仁王像、向かって左側。

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 阿弥陀如来座像(国宝)

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 像高約11.39メートル(台座を含め高さ13.35メートル)

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 横から見ると、頭部がかなり前に出て、少し下に向いている事が判る。
 また、数本の横線が見える。重ねていったのか。

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 大仏の前方。

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 胎内に入ることができる。そのための窓か。わたしは胎内には入らなかった。

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 観月堂
 大仏の後ろの塀の外側にある。この堂は2012年に寄贈され移築された。

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 与謝野晶子歌碑
歌碑も大仏の後ろの塀の外側にある。ほとんど人がいない。あれほどの人数が大仏を見ているのに。

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 与謝野晶子歌碑は見にくいので、その説明。

 かまくらや みほとけなれど 釈迦牟尼は 美男におはす 夏木立かな

 なお、「釈迦牟尼」とあるが、上にも書いたように鎌倉大仏は「阿弥陀如来」である。阿弥陀は「量りしれない寿命を持つ」の意味で、西方極楽浄土に住む。ついでにいうと、東方は浄瑠璃浄土(浄瑠璃世界)で、薬師如来が住む。
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2017年10月29日

覚園寺

鷲峰山覚園寺(じゅぶせんかくおんじ)

 天園ハイキングコースに続いて覚園寺にいく。この寺は古都鎌倉の面影をよく残しているといわれる。

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 案内人に案内されて、丁寧な説明を受けた。写真は禁止なので、いわゆる観光客は少ない。
 1830年に火災で伽藍を失い、関東大震災でも被害を受け、一時は荒れたという。1950年以後に復興した。
 ここも谷戸(やと)に沿って、堂宇が並ぶ。

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 この門から境内に入るが、左の方に自動車でも入れる道がある。

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 愛染堂
 この前で、案内の時間まで待つことになる。見学時間は50分程度。

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 こうして待っている参拝希望者。
 待っている間に前回のグループが出てきた。十人ほど。わたしの回も十数人だった。
 この寺は昔は4宗の修行場だったが、政策により明治以後は真言宗となる。
 薬師三尊像は見栄えがある。十二神将像、阿弥陀如来坐像など。また黒地蔵が知られているが、現在は地蔵堂が修理中で、鎌倉国宝館にある。それは後日に見てきた。
 照明は暗くほとんど自然光の中で見るので、悪天候の時は拝観中止になる。わたしの回は三時の最終回だった。
posted by たくせん(謫仙) at 07:19| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月28日

天園ハイキングコース

天園ハイキングコース

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 建長寺の半僧坊から天園ハイキングコースは始まる。

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 建長寺で紹介した、海抜145メートルの勝上献展望台から。
 ハイキングコースはあまり展望はない。すぐそばに民家の屋根が見えたりする。鎌倉を守る城壁の上を歩いているようなものだ。

 ほとんど写真を撮っていない。ちょっとした高みを巻いてしまったのか、案内ではあるはずのものを見落としてしまったようだ。
 前に通ったとき、十王岩あたりで、鶴岡八幡宮を見下ろした記憶があるのだが、樹が茂ったせいか見えなかった。町並みがわずかに見えただけ。

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 十王岩を過ぎると地図にない道がある。戻っていくようだ。

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 通る人に訊いて確認する。指道標の一番上の字は左だが、なんか右のようにも見える。

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 もし雨が降ったら逃げ込めそうな所。

 途中の分岐から覚園寺の方へ向かう。分岐ははっきりしているので迷うことはない。

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 途中で紅葉の落ち葉を見つけた。

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 上を見ると少し赤みがある。

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 このハイキングコースの終点である。
 なお、分岐から大平山を目指すと最高点のあたりに達する。そこはゴルフ場である。その先は瑞泉寺に通じるが、通ったことはない。
 わたしが前にこのあたり(建長寺裏)を二度歩いたときは、道とはいえないような尾根道を歩いた記憶もある。住宅地に下りたかな。一度は別な道から登った。山の中を通ったのかもしれない。下草がなかったので通れた。小さな石像があって、道らしきものはあった。30年以上経つので詳しい記憶が無い。もちろんメインのコースは変わらないだろう。
posted by たくせん(謫仙) at 16:14| Comment(2) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月25日

長谷寺(鎌倉)

海光山慈照院長谷寺(かいこうざんじしょういんはせでら)

 創建は鎌倉時代より古く、奈良時代といわれる。しかし、梵鐘など鎌倉時代の銘が多い。
 太平洋戦争終戦直後に、浄土宗から独立し単立となった。
 鎌倉の地は狭く、先に紹介した建長寺や円覚寺などは、谷戸(やと)といわれる、小さな谷に建立されている。そのため、門から奥まで、谷に沿って曲がっている。平地の寺院が幾何学的に配置されているのとは異なる。
 長谷寺は、門を入ると下境内で、庭園などがある。主要な堂宇は観音山の中腹の上境内にある。
 その堂宇は関東大震災で倒壊し、その後に再建された。だからどの堂も見るからに新しい。

2017.10.22.1.jpg  案内図

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 長谷の駅から近い。門前の松の剪定中であった。赤い提灯には長谷寺とある。
 左の方から入る。

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 妙智池 入ると正面にこの池がある。

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 この階段を使わず、左の方から坂道を登ってこの上にいく。

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 その途中にひっそりと良縁地蔵。

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 その脇にひっそりと灯籠。

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 地蔵堂は新しい。見には行かなかった。
 さらにひと登りすると、上の境内に出る。

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 鐘楼
 1264年鋳造の鐘は宝物館にて展示。鐘楼の鐘は昭和59年に鋳造。

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 阿弥陀堂
 はじめにも書いたように堂宇は新しい。

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 阿弥陀如来座像 伝承では鎌倉時代に造立された。他寺にあったものを移したという。

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 観音堂

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 観音堂内には本尊の十一面観世音菩薩がある。このため、通称長谷観音といわれる。
 奈良時代の作と伝わるが、未詳である。室町時代までは遡れるようだ。木造では日本最大級という。

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 見晴台。よく紹介されている場所。鎌倉一望とは言いがたいが、名所だ。

 さらに眺望散策路がある。あまり行く人はいない。山登りになる。

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 こんな整備された道だ。紫陽花が多い。紫陽花の咲く頃は、入り口で待ち行列になる。

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 当たり前だが、見晴台よりよく見える。由比ヶ浜の海岸線が一望で、三浦半島も見える。

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 転輪蔵 経蔵である。一切経が収められていて、観音御縁日などには、回すことが出来る。

 下の境内に下りて案内図の右に方へ行く。

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 弁天堂

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 弁財天の洞窟がある。窟内壁面には弁財天とその眷属である十六童子が彫られている。

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 出世大黒天 有名らしいが…

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 和み地蔵 誰もがケータイを向ける。どんな話をしているのか。

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 放生池 案内図の右側の池である。
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