2012年01月28日

落語娘

永田俊也   講談社   2005.12
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 落語に対する深い洞察力のある小説だ。
 呪われた噺に挑む異端の師匠と女前座の、貧しくとも落語を愛する人の物語。
 弟子と師匠の関係など、当然デフォルメがあるだろうが、基本はわきまえていると思える。
 主人公が落語にのめり込んでいくきっかけとなった三松家柿紅の高座。前座修行を始めたときは越えられない目標であった。あるとき、それが越えることのできる対象だと思う。
 この柿紅はもちろん男だ。しかし、後半ではその言葉遣いや態度がどうも女のようになってきた。まるで作者が勘違いしてしまったような感じ。高座の台詞が普通の生活にも出てしまったのか。
 
 さて本題、明治に創作されたが演じきられたことのないある噺。過去に二度、高座にかけられたことがある。かけられたが、二人とも噺の途中で突然死する。この噺に挑むぐうだらな異端の師匠と女弟子。女である故に柿紅が弟子にしてくれず、落語の世界に身を置きたいばかりに、ぐうだらな師匠の弟子となる。これが良かったのか悪かったのか。
 そんな独特な世界の女弟子の哀しい話だ。
 落語の藝に対する柿紅と師匠の考え方の違い。新作ばかりを演じながら、実は古典のきっちりした藝も持っているぐうだら師匠に対して、同情はしないが理解はできるわたし(謫仙)が哀しい。
posted by たくせん(謫仙) at 08:43| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月24日

千寿会の新年会

 1月21日は今年初めての千寿会。
 指導棋士は久しぶりに高梨聖健八段。
 もちろん千寿先生もいて、iPadの話に花が咲く。
 先生のiPadが壊れて交換して貰ったが、データーが消滅してしまった。iPadはデーターを保存できない欠点がある、とか。
 先生は先日京都に行って舞妓さんと碁の話をした。その写真をiPadで見せて貰った。手つきが様になっている。
我「このお姐さん、碁を打てるの」
師「いいえ、そこでわたしが石の持ち方などを教えただけで、碁は打てない方ですよ『こうどすかー』なんて言いながら…」
我「いい手つきしているねえ、打てないとは思えない」
師「きっと、このお姐さんは踊りも上手じゃないかと思うの」
我「なるほど。大きな声じゃ言えないけど、◯◯さんよりいい手つきだねえ」
師「大きな声で言っているじゃない」
 本人には聞こえなかっただろうな(^_^)。
 わたしもガラスの碁石では上手く持てないことが多くなった。千寿会のハマグリと那智黒の碁石なら普通に打つことができる。
 高梨聖健八段には指導碁を打っていただく。千寿会では“貴公子”といわれている、なじみの深い棋士だ。去年の12月4日に結婚したばかり。新婦は元関西総本部の井澤秋乃四段。すでに東京の本院に移籍している。

 自由対局や指導碁が終わって講義。先日の棋聖戦の解説だった。その前に千寿先生からちょっとした情報。
 今年は碁関係の映画が三本も出る。
 天地明察 と 碁を打つ女 と 「初到東京/東京に来たばかり」 だったかな、前の二本はわたしの書庫で原作を紹介している。
 ぜひ見てみたい。楽しみにしている。

 話を戻して、井澤さんは前に箱根でお会いしたことがある。
参考 第11回ふれあい囲碁大会
 高梨八段は2009年に阿含・桐山杯で勝ち進み決勝に進出した。相手はトップ棋士の張栩(チョウ・ウ zhang1 xu3)名人。わたしたちは京都まで応援に行ったものである。
参考 阿含・桐山杯
 またわたしたちアマの合宿にも来て、指導してくれたこともある。

 碁会のあとで新年会を開いた。人数が二十人ちかくで話の輪もいくつかに別れ勝ち。向こうではどんな話をしているのか判らない。わたしは高梨八段と上のような思い出話をした。
 あんなアマの指導碁を1日に二十局も打つのにどうして棋譜を憶えられるのか。高段のプロ棋士の頭の中は想像もつかぬ。
「すべて順調に打たれるのは憶えにくい。むしろ大きな間違いをしたとか、その人にしてはハッとするようないい手を打ったとかすると、憶えやすいですよ」

 そうこうしているうちに井澤さんが登場。この日はペア碁の棋戦があり、2勝して三回戦に勝ち進んでいた。三回戦で負けてしまったが、その後の打ち上げ会に出るので遅くなるとの連絡が来ていたのだ。そちらは仕事なので優先である。
 井澤さんが登場すると話の中心は井澤さんになってしまう。
 わたしは、井澤さんがブログに書いていたことを思いだした。
我「『カレーを作ったが美味しくない。原因はタマネギを炒めるのが足りなかったので…』などと書いていたので…」
井澤「わたしが書いたンですか? 自分の書いたのを憶えていないンです」だって。で、続きを言い損ねるうちに、何を言おうとしたのか忘れてしまった。

 そんなこんなで楽しく過ごしたが、帰宅してまもなく、わたしは地獄の苦しみに遭遇した。
 この日の料理はほとんどが油もの。それを普通に食べてしまったのだ。腹が痛むのは不注意で仕方ないとしても、この痛みは尋常でない。20年も前だが、痛みに耐えかねて、救急車を呼んだことがある。しかし、今回は電話のところに行くこともできない。
 用心していたので、ここ数年は多少の油ものを食べても大丈夫だった。この日は油断して、油を断たなかったことが原因だ。三メートルほどのトイレまで這って行ったが、布団に戻ることもできないほど。朝に近い三時頃になって、ようやくまともに布団に入ることができた。
posted by たくせん(謫仙) at 08:09| Comment(2) | TrackBack(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月23日

神への長い道

小松左京   徳間書店   1989.12  (早川書房 1967)

 中編の表題作と短編5編の文庫本である。
 わたしがSFにのめり込む少し前に書かれている。このような物語なら今でも読めるのだが、今ではパターンが出尽くして、このような黎明期のような小説は書きにくいかも知れない。
 紹介は表題作だけにする。
 二十一世紀、フジ・ナカハラは再生を信じて、冷凍睡眠に入った。ところが海王星で覚醒しても定方進化したにすぎない人類の現実に愕然とする。落胆して、間もなく飛ぶ太陽系外の宇宙船で旅立つことにした。そこで到着した星には、人の遺跡があった。調べていると、その星の人は更なる進化を目指していた。その進化の果ては神の領域であるのだが、それは可能か。
 「光あれ…」といえば宇宙が再生できるのか。
 いまふうに言えばビッグバンが起こるであろうか。

 当時はこんなスケールの大きな話に夢中になったものでした。
posted by たくせん(謫仙) at 08:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月19日

北京故宮博物院200選 解説書

東京国立博物館   2012年   A4 360頁

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 上野の国立博物館で行われている「北京故宮博物院200選」の解説書である。
「ごあいさつ」によれば、清明上河図巻は中国国内でも公開することがきわめて希な歴史的名品であり、中国国外での公開は本展が初めての機会となります。 である。
 故宮博物院院長の総論には、台北の故宮博物院との交流や提携が進んでいることも書かれている。文化大革命のときにほとんど破壊されたという話もあるが、それでも膨大な文物が残っていた。

第T部 故宮博物院の至宝
       −皇帝たちの名品−
 清明上河図をはじめ、明と清の皇帝の居城である紫禁城のコレクション。

第U部 清朝宮廷文化の精髄
       −多文化のなかの共生−
 清朝の、特に乾隆帝を中心とした文化事業の紹介。

 清明上河図(北宋時代)は折り込みであるが本物はおおきなものであり、とても細かく見ることはできない。それでもいつも出てくる橋の部分は大きく、原寸に近いと思われる。
 なお、清明上河図は似たもの(写し)がいくつかあり、東京国立博物館にもある。この本物を乾隆帝は見ていないという。

 清明上河図巻に並ぶのが「康煕帝南巡図巻」である。これも長大で、新しい(清時代)ためか色も鮮やか。その第十一巻が長江に浮かぶ大船団と清明上河図巻に似た街の様子。
 第十二巻は北京に帰ってきたときの様子。百官が並んで出迎える。これを見ると今の天安門広場はなく途中に門がある。
 正陽門箭楼−正陽門(前門)−大清門(天安門広場)−天安門−端門−午門−大和門−太和殿
と、細長い梯子のような構造である。
 正陽門箭楼の外は市街となり、北京城の正門永定門まで書かれている。

 趙孟頫の水村図巻は水墨画の佳品である。あっさり書いているように見えながら、よく見ると実に細かく書かれている。

 雍正帝はいろいろに仮装した絵がある。もちろん想像画である。
 農夫となって田に水を入れたり、漁師となったり、隠士になったり。

 乾隆帝は最も愛された皇帝であり、有能でもあった。しかも清朝の絶頂期に皇帝となった。創朝の荒事はすっかり片付いていた。もし政治的に無能であったら、宋の徽宗のようになったかも知れない。だが、政治的にも有能であった。そして宋より遙かに豊かになり、その文化活動を支える経済力があった。

 乾隆帝是一是二図軸という絵がある。乾隆帝が漢服を着て椅子に座っている。まわりはいろいろな文物がすっきりと配置されている。背後には同じ恰好の人物画が椅子の皇帝を見ている。
 当時は宮廷では漢服が禁じられ、皇帝も満州服(今のチャイナ服)を着ていた。ありえない図であるが、これによって、乾隆帝が漢族に対して漢文化を理解していたことを標示している。
 三希堂は復元であるが、その中にあるものは本物である。乾隆帝の文化活動を象徴する部屋だ。小さな部屋であるが、ここが書斎。

 皇帝の衣服も見応えがある。胸には龍が刺繍され、裾の青っぽい色合いは孔雀の羽が織り込まれている。当時のドラマではよく見る服だ。

 仏教系の像も多い。
 言うまでもないが、少数民族が極大民族を支配するので、民族融和を心がけねばならない。そこで他民族にも寛容になり、必然的に北京は国際都市になった。しかも西洋文明も入ってきた。そのため清の時代の文物は、国際的である。他の時代が中国文化独尊であるのに比べて際立った特徴となっている。

参考 たくせんの中国世界 中国文物図説 国立故宮博物院手冊
   たくせんの中国世界 横店影視城−清明上河図
posted by たくせん(謫仙) at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月17日

北京故宮博物院200選

 いま上野の東京国立博物館で特別展「北京故宮博物院200選」が開かれている。
 期間 1月2日〜2月19日(月曜休館)

 今年は日中国交回復四十周年であり、博物館の百四十周年でもある。
 1月11日(水)に見に行ってきた。
 今回の目玉は北宋時代の張択端による清明上河図巻(せいめいじょうかずかん)だ。
 中国でも公開は7年に一度。前回は4年前なので次回は10年後という。
 11時ころに博物館に着いた。

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 博物館前の噴水のあった広場は、工事中である。

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博物館入り口
 ここで並ぶことになったらやめようと覚悟していたのに博物館前は空いている。

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 中に入ると、平成館前で入館に並んでいて40分待ち。
 平成館の中に入ってから清明上河図巻を見るには、平成館内で並んで200分(3時間20分)待ち。寒空に戸外で待たずに済むとはいえ、これは忍耐がいる。過去の著名な展覧会でも200分待ちがあって諦めたことがある。わたしは清明上河図巻をパスして、その他の文物の見学にいく。こちらは平成館に入れば待たずに済む。
 出たのは2時過ぎ。この時は、戸外の行列はなくなっていた。その時間なら、混むとはいえ、待たずに見られる。空いているといえるかな。
 水曜日なのでこのような状態だったと思える。週末は混むのではないか。
 清明上河図巻は写しや説明もあり、それは普通に見ることができる。本物の清明上河図巻の前ではテープによる柵ができており、並んだ人は前列で見る。わたしは後列でチラッと見えただけ。もちろん本物を見ることは有意義であるが、わたしなどは図鑑などで説明を見ながら画を見ないと記憶に残らない。チラッとどんなものか見ておけば満足だ。
 平成館では2階に上がって左側に清明上河図巻などがあり、かなり混んでいた。しかし、右側の部屋はゆっくりとは言えないが普通に見ることができた。
 この時思ったのは観客の行儀のよさ。並んでいるとはいえ、あちこちテープで仕切るのみ。それなのに清明上河図巻を見る組とそうでない人たちがきちんと別れている。
 草書の前で、「かな文字が書かれている」と不思議がっている高齢者の一行がいた(^_^)。

 少したってから空いているようなら、もう一度見に行きたいと思う。
 図鑑を買ってきた。この話はあらためて。
posted by たくせん(謫仙) at 08:13| Comment(0) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

貧困大国アメリカ

堤 未果   岩波書店(岩波新書)   2008.1

 このルポはリーマンショックの前に書かれている。すでにサブプライムローンの問題が発生していて、世界を震撼させていた。
 この本の題名はかなり前から知っていた。ようやく読む機会を得た。

貧困層は最貧困層へ、中流の人々も尋常ならざるペースで貧困層へと転落していく。急激に進む社会の二極化の足元でなにが起きているのか。追いやられる人々の肉声を通して、その現状を報告する。弱者を食い物にし一部の富者が潤っていくという世界構造の中で、それでもあきらめず、この流れに抵抗しようとする人々の「新しい戦略」とはなにか。

 こう問いかける著者のアメリカルポである。
 日本では貧困ビジネスという言葉がある。七万円にも満たない年金では普通は生活できないが、それは別の話として、一人では生活できない高齢者を、条件の悪い建物に押し込め、年金を取り上げてしまう。粗末な食事と極悪の生活環境で生活費を抑え、この金額から利益を得てしまう。貧しいからこそ、そのような搾取の対象となる。
 これと同じ構造がアメリカにある。ただし、対象は現役世代や学生も含めスケールが大きい。

 目次
1 貧困が生み出す肥満国民
2 民営化による国内難民と自由化による経済難民
3 一度の病気で貧困層に転落する人々
4 出口をふさがれる若者たち
5 世界中のワーキングプアが支える「民営化された戦争」

 サブプライムローンがそうだった。家を持つだけの収入のない人に、家を買わせローンを組む。教育レベルの低い貧困層の人には、その罠が理解できない。数年たってローンが払えなくなり、全ての財産を失ってホームレスとなる。そしてローンは債権として転売されていて、買った人は回収不能となる。そうしてなんとか生活していた人まで生活できなくなる。
 例 ローン50万ドル、利子10〜15%、返済額月3100ドル。これでは利子だけで月3100ドルを超える。ある一家5人の総収入に近い。それでも売れるのは、不動産の値上がりを期待させるから。3年もたって返済額が増えたところで破産する。そこまで計画されている。
 そうして貧困層になると食事も満足に食べられなくなり、偏った安い食事で不健康な肥満体となる。しかも医療は高額で受けられなくなる。
 ジャンクフードしか食べられないこどもたちも不健康な肥満体となる。
 ちょっと検査しても数万円以上の、盲腸摘出の手術でも百万円以上の金がかかる。ちなみにニューヨークで一日入院で243万円。
 家族四人で年間9千ドルもの保険に入っていても、少しでも条件に外れると全く払って貰えない。生活ができなくなる。一家が底辺に落とされる。
 そう、病院も株式会社化して金儲けを追究するのだ。
 あるいは戦争ビジネス。小泉改革のように普通は国でやるものを民間業者に任す。普通は効率が良いのだが、命や人権にかかわるものは、代わりがないため、独占企業は大もうけをする。アメリカではなんと戦争まで民間業者に任せた。
 副大統領がトップを努めた会社の下請けの下請けの下請けの下請けが貧困層から兵をつのり、イラクに送り出す。そこでの給料は実質時給45セントとか1ドル70セントとかいう安い給料で危険な仕事をやらされる。もちろん死んでもそのまま。現地の会社の社員と同じで、戦死者とは扱われない。民間企業の雇用問題ですます。
 貧しい人に学費を貸す。就職できず返せない若者は兵になるように誘いが来る。自己破産してもこのローンは返さねばならない。役所でさえ知らない学生の個人情報が、そのようなところに流れていて、困ったころをみはからって電話で誘う。
 諜報活動まで民間に委託(予算の70%)。そのために拷問は外国に連れ出しておこなう。そうなると間違って拷問を受けても、外国なのでそのままになってしまう。
 そうして貧困化は進んでいく。

 下流志向 以来の衝撃を受けた本だった。
 最近続刊が出たという。
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2012年01月15日

涼宮ハルヒの驚愕

谷川 流   角川書店   2011.6

 涼宮ハルヒシリーズの最新版である、と言っても半年たつ。
 構成はかなり複雑になっている。前回の「…分裂」が続いていて、ふたつの物語が同時進行する。記憶力のないわたしには読みづらい。
 特に、現状は必ずしも特定されているわけではないことに、複雑になる要因がある。
 分裂が合併して、本来の世界になる。
 この本を読む前に小松左京の「果てしなき流れの果てに」を読んだのでスケールが違うとはいえタイムトラベルを問題にした話を続けて読むことになった。
 スニーカー文庫なので、かなり限定されていて無理があるとはいえ、内容はかなり深い。
 誰でもそれぞれに重要な役割がある。禁則事項といわれるものがある。過去の人間には教えてはいけないことなどを指す。みくるなど、教えてはいけないことがあるのかと思えるほどだが、実はおもいの外重要な役割がある。
 新入部員の渡橋ヤスミの登場もあり、登場人物の個性の差が際立ってきた。
 個性の差がきっちり書き分けられている。固有名詞を伏せ字にしても間違えないほど。ただしわたしには記憶力がないので名前は出ないが、あの人だ、と判るだろう。

 一応「…分裂」から続いた話は終わったが、ハルヒシリーズは続くようだ。
posted by たくせん(謫仙) at 16:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月11日

果てしなき流れの果てに

小松左京   早川書房   1966.7

 この世界は三次元と言われている。時間を入れて4次元の世界と言う人もいる。しかし、時間は管理できない。一方的に前に進むばかりで戻ることはできない。最近光より速いものがあると話題になったが、それでも人がタイムマシンに乗って前後に行き来することは考えられない。
 果てしなき流れとはこの時間の流れである。

 白亜紀の恐竜の時代の地層から、砂時計が見つかった。そして砂はさらさらと下に落ちているのに、上の砂は減らず下の砂は増えない。逆さにしても同じであった。時間を自由に行き来する人たちの物語の始まりだった。
 この砂時計を見つけたチームは死んだり行方不明になったりして、全ていなくなってしまう。
 理論物理学研究所の助手野々村浩三もその一人。そして現代の世界で野々村の帰りを待つ恋人。年老いて一人で葛城山を見ながら暮らしている老婆の下に来た老人がいるが野々村か。二人はしばらく同居したのち、2018年の冬、相次いで亡くなった。
 物語はこの世界を未来から操作する冷酷で巨大な意志とそれに反発する人たちの物語。二つのグルーブの争いが、白亜紀から遠い未来まで広がる。
 日本が沈没したり、地球が太陽に飲み込まれたり、宇宙船で太陽系外へ「救出」されたり。それでもタイムマシンで行けない未来の壁がある。その先はあるのか。
「復活の日」を思わせたりして、人類の未来を考察する。
 主人公たちは人知の限りを尽くして、宇宙の意識の一部を探るが力尽きる。
 多少曖昧なところもあり、宇宙の謎を解明したとはいえないのは、小説として未完成と考える。それでも、今読んでも日本SFの輝いていたころの金字塔的な作品だと思う。
posted by たくせん(謫仙) at 08:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月07日

吉野ヶ里遺跡(後)

佐賀 吉野ヶ里遺跡(後)

 九州の旅も今回で終わりです。

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 北内郭へ向かう。

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 北内郭はまつりごとの場所。建物も大きい。手前の建物は2階建て。儀式を行ったようだ。
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posted by たくせん(謫仙) at 08:34| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年01月04日

吉野ヶ里遺跡(前)

佐賀 吉野ヶ里遺跡(前)

 11月7日の夕刻、博多に着く。
 8日は吉野ヶ里に向かう。吉野ヶ里遺跡の見学である。
 弥生時代の代表的な遺跡である。平成3年に特別史跡に指定されている。

★前5世紀〜前2世紀
 分散的にムラが誕生した。
★前2世紀〜1世紀
 外環壕が作られ、墳丘墓なども作られる。クニとしての形を整えたころ。
★1世紀〜3世紀
 国内最大級の環壕集落になる。北内郭・南内郭を持つようになった。このころが吉野ヶ里の最盛期。

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 吉野ヶ里の駅を出る。こちらに降りたのはわたし一人だった。

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 駅から吉野ヶ里遺跡まで七百メートル。ほぼ直線に近い。
 右は一面のひまわり。冬のひまわりは寂しい。左はコスモス。
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posted by たくせん(謫仙) at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする