2012年02月28日

浄土ヶ浜

岩手 浄土ヶ浜

 2001年夏、盛岡から山田線に乗り宮古にいく。駅前で昼食。名物の海鮮丼を食べる。
 丼飯の上に豪快に海産物を盛る。はっきり言ってバランスが悪い。普通に刺身御飯にした方が食べやすいし美味しそう。だが、この食べづらいほどの豪快感は宮古の記憶として残っている。
 浄土ヶ浜へは歩いて行ける距離ではない。駅前からバスに乗る。

01-8-2- 02.jpg
 遠くに見える島は、地図で見ると、クロコシジロウミツバメ繁殖地とあって島の名がない島であろう。
   続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 08:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月24日

平泉

岩手 平泉

 2001年夏、岩手の旅をした。
 まず中尊寺に行き、盛岡に泊まる。次の朝、山田線に乗り宮古に行く。そして釜石に行き、釜石線で帰ってきた記憶があるのだが、これがかなり曖昧な記憶なのだ。
 当時写真はポジフィルムを使っていたが、間もなくデジタルに変えるころ。しかも写真はあまり撮していない。フィルムも整理してなくて、未整理の中からようやく見つけ出した。この年の写真だけが未整理だった。
 いま見返してみると、あまりの少なさにあきれる。旅の記録になっていない。しかも、大事なところでほとんど撮していない。そのため思い出せない。特に釜石から仙台までは、本当に釜石線だっただろうか。
 ともかく、写真を整理した。

 まずは、国宝・金色堂で有名な中尊寺へ。平泉の駅から歩く。かなりの距離があるが、タクシーなど使う気はない。
 途中から参道に入ると、山の尾根道になる。この道がすてきな道なのだが、写真はない。途中に開けたところから下を見おろす。

01-8-1- 12.jpg
 開けた農村地帯で、川は北上川。昔の生産力を思わせる。
 奥州藤原氏の本拠地、当時の平泉の人口は10万〜15万人だったと推定されており、日本では平安京に次ぐ大都市だったという。
   続きを読む
posted by たくせん(謫仙) at 10:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月20日

おまえさん

宮部みゆき   講談社   2011.9

  omaesanjyu1.jpg  omaesange1.jpg

 わたしの書庫で宮部みゆきの紹介は初めてだが、何冊か読んでいる。
 この「おまえさん」は「ぼんくら」「日暮らし」と続くシリーズの第3作目だ。事件は新しい事件で、続きではない。
 八丁堀同心の井筒平四郎は子供がいない。ご新造の実家(商人)に弓之助という美形の少年(14歳)がいる。この少年を跡継ぎにという話もあるが、決まっているわけではない。この弓之助とその友人のおでこの三太郎。この三人で事件の解決にあたる。もっとも政五郎という実力のある小者(正規の役人ではない)をよく使っている。
 弓之助は推理力の持ち主。おでこはこどもながら政五郎の手下で記憶力がある。この記憶は記録と同じで、意味が判っているのではない。思い出すには時間がかかり、話の途中で腰を折ると、初めからやり直ししなければならない。今回はおでこの過去が判ってくる。

 痒み止めの新薬を売り出して繁盛していた瓶屋(かめや)の主人新兵衛が殺される。捜査していると、生薬の世界での二十年前の事件が浮かんでくる。
 薬屋を中心にして、いろいろ雑多なことが起こるが、それが自然で面白い。ストレートに必要な事だけを取り上げる、クイズのような小説もあるが、実際の捜査は自分たちで雑多な中から必要なものを選りだす。その過程が捜査だ。
 若い(二十歳)同心の間島信之輔とその大叔父の源右衛門も登場。捜査には重要な役どころ。

 上巻591頁に政五郎が「朱房の十手をぐいと腰にねじ込み直した。」という地の文がある。
 小者は房なしのはずと思ったが、ネットで調べてみるとどうもはっきりしない。
 同心の平四郎は房つきの十手を持っているはず。

 平四郎の気に入りに、総菜屋のお徳という肝の据わった女がいる。お徳がふたりの娘を預かって、仕事を教えている。その一人がおもん。
「おもんちゃんには、ぜいたくとおいしいが、まだ一緒なんだなぁ」
「ぜいたくとおいしいは違うの?」
「違うよう」

 なんて会話が光る。
 ストーリーなどは紹介しないが、人間の観察力が確か。

 三田誠広の「天気の好い日は小説を書こう」に、小説の基本として、
☆リアリティーがあるか
☆自然であるか
☆人間が描かれているか
☆書き手の人間観が妥当であるか

 という条件をあげている。宮部みゆきの小説はこの条件に当てはまる。

 下巻に入ると、間もなく「名探偵、皆を集めて『さて』と言い」がある。名探偵は弓之助。ただし、一方的に説明するのではなく、討議をしながら、謎を解いていく。
 一応事件は解明するが、犯人には逃げられてしまう。そして新しい話になる。話の中心は変わるが、犯人捜しは続いていく。
 この小説は金庸小説に似て、正邪がはっきりしない。文治の世界なので、名目では正邪ははっきりしているが、正が邪に変わり、邪が正に変わる。こどもの弓之助は絡まった人間関係を解きほぐせるか。犯人も同じくで、人の心の奥を知ることができるか。読み終えて複雑な心境になる。
posted by たくせん(謫仙) at 07:52| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月16日

謎解きはディナーのあとで2

東川篤哉   小学館   2011.11

     nazotokiha2.jpg

 謎解きはディナーのあとで の続編である。
 このシリーズは連続ドラマになったが、わたしは見ていない。
 いつもの如く、宝生麗子は風祭警部の珍説に悩まされ、執事の影山に殺人事件の状況を話すとバカにされ……。
 第1話 アリバイ工作が、逆にアリバイを崩すことになる。
「どうか、お嬢様の予断と偏見に満ちた見解をお聞かせ下さいませ」挙げ句の果て、
「失礼ながら、お嬢様は相変わらずアホでいらっしゃいます。――いい意味で」と麗子をフォローしたふりをする暴言。
 アホという単語にいい意味なんてあったか(^。^)。

「大変失礼ながら、お嬢様の単純さは、まさに幼稚園児レベルかと思われます」、「これだけの情報を得ておきながら、まるで真相に辿り着けないとは、お嬢様は、頭がお悪いのではございませんか?」なんていう暴言も言葉が丁寧なだけに余計腹が立ちそう。

 全6話、同じようにさえた推理でと言いたいが、第六話「完全な密室なぞございません」では、説明不足が生じた。詳しく言うとネタバレになるので、言わないが、
 ある密室に入るには1人づつしか入れないような状況で、密室の中には麗子と影山と眠っている(気絶か)風祭警部と犯人。そもそも風祭警部は真夜中にどうしてそこに入ったのか、これが最大の疑問。そして眠っている風祭警部を車に乗せて病院へ向かうラストシーン。
 いったい、どうやって風祭警部を運び出したのだろう。別な出入り口があったのだろうか。それなら犯人はそこから逃げられるはず。気絶した犯人はどうしたのか。
 警察に連絡し、何人かの警官が運んだなら、眠った(気絶した)ままにしておくだろうか。それらの諸々の説明を省略したので疑問を感じる。事件の解明からラストシーンまでの時間でそれができたか。
 この疑問に気がつかないと、「気がつかない読者はアホでいらっしゃいます。――いい意味で」と著者に言われそう。
posted by たくせん(謫仙) at 07:56| Comment(2) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月12日

タイムスリップ紫式部

鯨統一郎   講談社   2010.11

 タイムスリップものの第七弾、もっともわたしには3冊目である。
 本間香葉子は授業中に鞭打たれて平安時代にタイムスリップし紫式部の身体をもつ。清少納言や赤染衛門と親交を保ち、そして藤原道長殺害の謎を解く。
 それにしてはできがいいとはいえない。とくに歴史を変えてしまう結論は疑問。なぜならこれからこの本の続きでは、それを前提にして物語が進まなければならないからだ。もっとも作者も読者もこの本限りの設定として、気にしていないかも知れない。
 二度とこの話に関連する話は扱わないなら、問題は生じない可能性が高い。しかし、次作からの登場人物が、歴史の認識が変わっているという前提で話をすすめるのは、読者には負担が大きいだろう。
 一般的には、いろいろあったが、結局元に戻ってしまったとするのが普通。

 授業中に鞭打たれてタイムスリップも強引だが、「教鞭を執る」という言葉の鞭が本当に使われた(小説上でも)のは初めて。昔は本当に鞭を使っていたのかな。わたしは比喩だと思っていた。もっとも鞭を持っていたという話はどこかで読んだ記憶がある。
 と、こんなふうに関係のない話で興味を持ってしまった。
posted by たくせん(謫仙) at 07:06| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月06日

謎解き日本合戦史

謎解き日本合戦史−日本人はどう戦ってきたか
鈴木眞哉   講談社   2001.9

 この本は著者の一連の戦争ものの記述のうち、武器と戦い方だけに絞った総集編のような内容だ。ただ発行日付をみると、わたしの読んだ本の中ではこれが一番古い。
 おそらく研究と発表のずれや、目的によって重点を絞ったので、必ずしも内容が順番通りではないのだろう。
 語り継がれている歴史常識を問い直す。
 とくに白兵主義への批判は詳しい。昭和初期の戦争は白兵主義を取ったが故に滅亡が約束されたようなものだった。西南戦争も火器つまり鉄砲の量によって勝敗が決まっている。西郷軍は矢玉の尽きたところで敗北した。日ロの戦争も火器が勝敗を分ける。
 三年がかりで「坂の上の雲」のドラマが放送されたが、そこでも日本軍は火器の劣勢に苦しんでいる。旅順の戦いの愚かさは呆れるほど。
 それも、こうして鈴木眞哉の本を読んではっきりする。

 はじめに書いたように、わたしにとっては、今までは読んだことをおさらいするような感じだった。今までこの著者の本を読んでいない方に勧める。
posted by たくせん(謫仙) at 09:15| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2012年02月03日

日本の殺人

河合幹雄   筑摩書房   2009.6

   nihonnosatujin.jpg

 前に紹介したことがある、 安全神話崩壊のパラドックス の殺人事件に特化して細かく解説した本である。

第一章 殺人事件の諸相
第二章 捜査、刑務所生活、そして出所後
第三章 ひとを殺すとはどういうことか
終 章 社会的大転換の裁判員制度

 殺人事件と言えば、凶悪犯罪と思われ、年々増加していると言われがち。しかし、実体は減り続けている。ただ統計だけでは判りにくい。半分以上を第一章に費やし、その様子を解説する。
 日本における殺人の多くは、子殺しや親殺しなど近親者による殺人である。こんな場合、兇悪殺人鬼のイメージではない。よく聞くとどちらが被害者か判らないほど。
 バラバラ事件がある。驚くがこれは間抜けな殺人だ。殺したはいいが、死体を運ぶこともできず、バラバラにして運び隠す。見つかりやすくなる。

 少し古い統計かも知れないが、殺人事件は年間1400件前後起きている。この中には未遂事件もある。予備罪も含む。小説の「…殺人事件」とは異なるのだ。
 例えば、ヤクザが親分に「…を殺れ」と言われて拳銃を渡された。本人は怖くなり拳銃を持って警察にいく。これも殺人事件(予備罪)として扱われる。
 では常識的な実数は、となるとはっきりしない。死亡者数は700ほど。これには強盗殺人が含まれていない。それは強盗致死とする。また殺人の立証ができなくて、事故として扱われるものもある。発覚しないものもありそう。政治家の金庫番の自殺も怪しい。おそらく800ほどではないかと推測する。
 殺人事件は統計の取り方が違うが、10万人あたりの比較で、
日本   1.2件
アメリカ 5.6件
 アメリカは強姦事件が日本の約100倍、強盗も100倍ほど。それにしては殺人件数が少ない(比較してです)。
 日本の殺人事件の多くは心中なのだ。ただし、心中という統計はない。ある統計によれば、
親族  828  57.2%
非親族 620  42.8% この中にも同居者や友人知人が多い。
 そこで、普通に殺人と考えられるものは全体の2割程度と推測している。そして、これらのいろいろな様子を詳しく解説している。その中で重罰、つまり懲役10年以上は318。あとは執行猶予がついたりする軽い罰。自殺を防ぐために執行猶予にしないこともあるが、起訴猶予もかなりある。とても凶悪犯の顔ではない。

 言うまでもなく で加害者被害者の人権のことを書いたが、家庭内殺人では、まさに加害者の人権を守らなければならない状況になっている。

 後半で戦争や死刑の話も論じている。交通事故も全てが事故なのか。
 刑務所の刑務官もいる。社会復帰も重要な話だ。それらは世間に知られていない特定の人々が手がけてきた。裁判員制度は、一般の人にもそれに加わって貰うことになる。
posted by たくせん(謫仙) at 07:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする