2016年02月28日

湯ノ湖から小田代ヶ原

奥日光3 湯ノ湖から小田代ヶ原
転載にあたり大幅に加筆し写真も入れ替えた。
2007.5.14

 北千住発6時30分の快速に乗る。もう何十年も変わらない定時の快速である。
   浅草発6:20  東武日光着8:24
 日光の駅から湯元行きのバスに乗るが、途中の中禅寺湖で下りた。実は酔ってしまった。
 1時間ほど休んで、次のバスで湯元に行く。11時ごろの到着となった。

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 目の前に日光白根山近辺の山々が白い。ただし湯本からは白根山は見えない。

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 湯ノ湖 多くの釣り客がボートで出ている。正面は男体山。
 この湖の西側の道を歩いて湯滝に向かう。
途中細い脇道を上がると、白黒の大型の鳥が飛び立った。カササギ(鵲)のようだ。日光に鵲がいるのか。一瞬にして見えなくなった。
 上には鹿よけの金網があった。どこまで囲っているのだろう。今回は鹿は一度も見なかった。

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 湯滝、平凡ながらこの写真を載せないわけにはいかない(^_^)。
 湯ノ湖から落下した水は中禅寺湖へ向かう。この湯川沿いがハイキングコースだ。

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 トキソウ(鴇草)
 湯滝の茶屋で鮎の塩焼きを食べる。1尾500円。その時テーブルの上で咲いていた。
辞典では、
 ラン科の多年草。山中の湿原に自生。茎は高さ約20センチメートルで、中央付近に長楕円形の葉が一個つく。六、七月、茎頂に淡紅色の不整形花を単生する。花の色が鴇の色に似るのでこの名がある。
 葉が一枚とは。
 戦場ヶ原に出たところで、小田代ヶ原に向かう。また緑の少ない世界だ。

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 小田代ヶ原を囲む鹿よけの柵。鹿の食害がひどく、かなり大きく囲い込んでいる。

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 小田代ヶ原はまだ早春。雪こそないが、緑は少ない。藪はホサキシモツケ(穂咲下野)の群生。人の手は入っていないはず。土壌の違いで植生が変わっているのかな。

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 小田代ヶ原の中心地。管理員の悩みの種の白樺。昔この木を撮って賞を取った写真があり、その真似のためにカメラマンが押しかける。マナーが悪く湿原を荒らす。いまわたしの近くにいる人は、親子連れ二組5人だけ。夏になるとカメラマンが犇めいた。(追記 現在でもそうなのかな)

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 大真名子山(おおまなこさん、2379)

 小田代ヶ原を一周してまた戦場ヶ原に戻った。

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 落葉松の芽吹き。かなり伸びている。
 ときどき目の前を横切るのはシジュウカラ(四十雀)のようだ。鶯の声が絶えず聞こえる。湯ノ湖で最初に聞いた声は ホーホケキ、最後の「ョ」がない不思議な鳴き方だった(^。^)。
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2016年02月23日

韓非子

韓非子(かんぴし)
翻訳解説 安納 務   文藝春秋   1997.5

 この本は20年近く前に出版されていたが、今まで知らなかった。それよりかなり前に別の「韓非子」を読んでいたが、それはダイジェストに近い。
 安納務は実に判りやすく「韓非子」を解説している。
 では韓非子とはなにか。中華の歴史上に「戦国時代」といわれた時代があった。それを統一したのが、秦の始皇帝である。この始皇帝が統治の教科書にしたといわれているのが韓非子である。
 戦国乱世の君主論だ。ではその著者はといえば詳しい経歴は判っていない。
 韓の王族であるといわれている。荀子に学んだといわれている。そして亡くなったのは紀元前232年頃である。始皇帝に招かれて秦に行き、そこで自殺したという。乱世であり、事実上殺されたと思われる。韓は姫姓なので、本名は姫非であろう。
 そこに書かれた内容は、乱世の君主の守るべきやるべきことを冷徹に説いている。それを守れなければ一気に国が滅んでしまう。結局秦以外はすべて滅んだ。
 もっとも国家滅亡といっても、君主一族が滅んだだけである。庶民にとっては、非道の君主一族滅亡は望ましい。政権交代のようなものだ。だからこの本は戦国乱世の君主のための君主論だ。
 君主の敵は息子であり、妻である。という話も乱世ゆえの話だ。
 息子は兄弟が多いので、次の君主に選ばれないかもしれない。だから力が強いときに親の王を殺して自分が王になろうとする。
 妻は自分が寵愛されているうちに、息子が太子であるうちに王を殺そうとする。王の寵愛が他に移っては自分の命が危ういのだ。
 西暦紀元前に築かれた中華帝国は、建前は儒教国家であり、特に十世紀中庸に出現した宋王朝以降、形式的には紛れもない「儒教国家」であった。しかし、そこに存在した社会は、帝国が開かれるかなり以前から、一貫した道教社会である。儒教社会の建前に迷わされず真実を見抜け。
 前に紹介した  矛盾  臣もまた臣の信を愛む  白馬は馬に非ず  など、その見本であった。

 詳しい解説で、中華古代史(始皇帝以前)の復習をしてしまった。
 読み終えて、新しく記憶に入ったことはあまりない。
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2016年02月20日

千手ヶ浜〜西ノ湖

奥日光2 千手ヶ浜(せんじゅがはま)〜西ノ湖(さいのこ) 05.5.3
転載にあたり大幅に加筆し写真も入れ替えた。

 二日目
 早めに朝食を済ませ、7時半には、もう宿を出た。バスで竜頭の滝まで行く。歩いては1時間半ほどの距離だが、時間と体力を惜しむ。中禅寺湖の南岸を歩こうと思っていた。
 竜頭の滝から歩き出す。千手ヶ浜まで約二時間。

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 湖岸の道なので高低差は少ない。

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 赤岩あたり、躑躅が鮮やか。アカヤシオ(赤八汐)と思われる。
 説明版にはトウゴクミツバツツジ(東国三葉躑躅)の多いところとあるが、背丈が高いので低木であるトウゴクミツバツツジではなさそう。

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 この花は、密集しないようだ。

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 千手ヶ浜から男体山を望む。千手ヶ浜には赤沼からバスの便がある。以前は車が入れたが、今は乗り入れ禁止で、このバスを使わなければならない。もちろんわたしのように歩くこともできます(^_^)。
 いよいよ南岸のコースに入ろうとしたら、立ち入り禁止の立て札がある。

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 ここからは阿世潟まで、一本道。中禅寺湖の街までは夕方になる。万一、途中に通れないところがあれば、ここまで引き返さねばならない。
 後に夏に行ったときもこの看板はあった。一年中おいてあるのだった。

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 千手ヶ浜から南岸を見ると、アカヤシオらしき花が美しい。白い部分は積雪らしい。
 予定を変えて、ここから西ノ湖に行く。

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 千手ヶ原
 こんな歩きやすい道が続く。このあたりは保護林であり、火気厳禁である。当然だが、たばこは禁止である。

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 西ノ湖に来た。左の方に杭が並んでいる。前回来たときは、その杭が水没していた。しかも草も茂っていた。そのため、左右に歩くことができず、ちらっと見ただけであった。その時とは、まるで様相が異なる。

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 南岸は雪が白い。このあたりで昼食。

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 穏やかな早春風景だ。

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 窪地には積雪がつづいている。

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 あちこちにこうして鹿の食害を防いでいる。柵の向こう側は草が茂っている。皮をはがされ枯れた大木もある。
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 日当たりのよいところに花も、こんなところにも上の戦場ヶ原と下の中禅寺湖の気温の差を思わせる。

 ここからアザミ橋まで歩く。そこからは赤沼までバスの便がある。一律300円である。なお、途中(バス停留所でないところ)からでも乗れるようだ。赤沼からは自動車は入ることができない。乗り物はこのバスだけだ。わたしは途中で降りて、竜頭の滝まで歩き、そこから日光行きの定期バスに乗った。

 バスで日光市街に戻る。途中いろは坂から、向こうの明智平の下あたりの赤ヤシオが見事であった。栃木の県花である。バスもそれを見せるため、一時停車した。カメラをザックの中に入れてしまっていたのが残念。
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2016年02月17日

戦場ヶ原

奥日光1 戦場ヶ原 05.5.2
転載にあたり大幅に加筆し写真も入れ替えた。

 ここは湿原であって山ではないが、広くて格好のハイキングコースである。歩道は整備されているので、運動靴でも差し支えないが、少し脇道にそれたりすると、軽登山靴が欲しくなるだろう。
 戦場ヶ原だけではないが、出会った小鳥たち

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      アカハラ

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      キビタキ♂

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      キビタキ♀ と思われる

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      カケス
 デジカメ12倍〜36倍ズーム手持ち。

 常に聞こえてきたのは鶯の声、囀りと地鳴きと。カラ類が2ないし3種、これは区別できない。
 見ることのできたのは、キセキレイ・キビタキ・マガモ・ハシボソガラス・シジュウカラほか。

 1日目
 6時20分浅草発快速で日光まで、そこからバスで湯滝入口まで、いつものごとく、ここから歩き始める。歩き始めたのは10時ごろ。今回は湯川沿いの道ではなく、林の中の道を歩く。

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 林はまだ春が浅い。所々雪が残り、まだ樹々の芽吹きは感じられない。地表は新芽が見られた。湯川沿いの道に合流する。

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 湯川に沿った木道、補修が新しい。今回は釣り人が目立った。この川は清流とは言いがたい。湯の湖そばに温泉街があり、そこの排水が流れ込む。昔は洗剤の泡が浮かんでいたこともあった。今はかなりきれいになった。

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 途中水が湧き出ているところがある。このあたりで最初の休憩。

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 遠くを見れば鴨がいる。この鴨は人慣れしていて、えさを求めて足下まで寄ってくる。
 「野鳥なのでえさを与えないでください」という趣旨の注意書きもある。
 今回はわたし一人なので、鴨に無視されてしまった。

 小田代原を一周する。

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 林の中は笹が繁茂していた。まだ背は低い。

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 戦場ヶ原に戻る。まだ一面枯れ草である。

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 男体山が大きく見える。近年崩壊に悩まされている。向こう側いろは坂の方から見ると、大きく崩れているのが判る。

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 谷地坊主
 寒冷地では、スゲの株が腐らず残っている。年々大きくなる。数十年、場合によっては百年を超えるとか。そんなときは一メートルを超える。
 湯川沿いの谷地坊主は小さいながらあちこちにある。

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 竜頭の滝の上からは中禅寺湖が見える。ここから見ると滝というより急流に近い。

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 滝沿いの道。旧道である。ここをバスが通った。

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 おまけ、竜頭の滝の滝口、迫力のない滝であることよ。
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2016年02月14日

鳴虫山

日光 鳴虫山
2006年5月31日
転載にあたり大幅に加筆し写真も入れ替えた。

 鳴虫山は日光の駅からバスを使わず直接登れる山だ。山の高さは1103メートル、約六百メートル登ることになる。途中かなりアップダウンがあるので、合計八百メートルほど上り下りした勘定になるか。
 けっこうきつい。
 登りはじめてしばらくするとこんな木がある。
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 いじめに耐えて

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 この登山道は右側が造林された檜、左側が雑木とはっきり分かれている。

 体力の衰えを感じる。一時間に三百メートルは登れるつもりでいたが、今ではあやしい。特に下りでは足がふらつく。これにはびっくりした。

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 曇っていたが、ときどき陽がさす。その瞬間の若葉の輝きが美しく、思わず立ち止まって、あたりを見渡してしまう。
 下では鶯と郭公の声がよく聞こえていたが、上に行くと、カラ類の声が数種。これはシジュウカラか。

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 日光の表連山が見える。女峰山(2483)が主峰で、この連山は登ったことがない。

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 頂上付近には、まだ躑躅の花が残っていた。
 ツツジも種類を決めようとすると難しい。山ツツジですまそうとしても、山ツツジも特定の種であって、これとは違うようだ。赤ヤシオといいたいが、どうも形が違う。五葉なので五葉ツツジといいたいが、それは白い花で別名白ヤシオ。

 下りはじめるころにかなり暗くなった。雨の予報はなかったが、低山でも山の上では例外になることが多い。
 雨が多かったためか、下り道は滑りやすい。疲れてきたときに踏ん張りがきかず転ぶ。転んだときに右手をかなりすりむいた。水筒の水で洗ったら、出血はほとんどなく五カ所ほど皮がすりむけていた。水を残しておいてよかった。
 今のわたしの足ではこのくらいの山がちょうどかな。

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 含満淵に下る。この向かい側は日光植物園。

 名を知らぬ花を載せる。

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 白山風露(ハクサンフウロ)系の花だと思うが‥

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 九輪草(クリンソウ)だけ判る。
 このコースはアプローチに迷う人が多い。この日も何人も迷っていた。「川を渡った先にお墓がある。その脇から登った」とわたしが言って、見渡すとお墓が見える。そこが登り口だ。
 下りもわかりにくい。

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2016年02月10日

アンティ君入段祝いとAlphaGo

アンティ・トルマネン君の入段祝い
 1月30日、千寿会の新年会を兼ねてアンティ・トルマネン君の入段祝いを行った。
小林千寿門下では、ハンス・ピーチ六段以来の入段である。(二人目)
 トルマネンの名に聞き覚えのある人がいるかもしれない。オリンピックスキージャンプ金メダルのトルマネンはアンティ君のおじさんである。
 このことは千寿会のホームページに書かれているので、そちらを読んでいただく。

 この日もう一つ話題になったことがある。
 Googleの囲碁ソフトAlphaGoがプロ棋士に勝ったというのだ。
 チェスではとうの昔に起きたこと。将棋では最近ソフトがプロのトップクラスの棋士に勝っている。碁では早くてもまだ10年はかかるだろうといわれていた。
 それがプロ二段の棋士に勝ったというのだ。トップ棋士ではないが、まがりなりにも一応プロを名乗る棋士に勝った、というので大ニュースになった。
 そして3月8日から韓国のイ・セドル九段と5番勝負という。イ・セドル九段は現在世界のトップ棋士。勝てたら本物である。
 棋譜をみたプロ棋士(アンティ君など)が、まるで人間が打っているようだ、ソフトらしいおかしなところがない、と言った。
 この強くなった秘訣だが、1日100万局自分同士で対局し、自分で強くなれる仕組みがあるという。ここでわたしは引っかかった。
 わたしは「天頂の囲碁2」を持っている。これでふつうに打つとパソコンの考慮時間が3時間近くなった。
 やむを得ず、一手30秒以内に制限して対局、それでも一局一時間以上かかった。
 それから5年、強くなっても早さはさほど変わるまい。3時間が3秒になった、あるいは0.1秒になった、ということはないだろう。実際の対局は60分プラス秒読みで打たれている。
 1局200手として100万局では2億手。1手の時間は…………0.000432秒。
 前の例から、パソコン一台というわけではないだろう。パソコン千台(もしかしたら数万台)も連ねてスパコン並みの性能にして、ようやく可能かと思える。
 3月8日に注目。

参考  Googleの人工知能開発をリードするDeepMindの天才デミス・ハサビス氏とはどんな人物なのか?
http://gigazine.net/news/20141203-deepmind-demis-hassabis/
posted by たくせん(謫仙) at 09:04| Comment(0) | TrackBack(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月08日

皇居東御苑 その4

皇居東御苑 その4

2004年、紅葉の二の丸庭園

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 案内地図の番号5の手前から右へ行く。

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 二の丸雑木林、昭和天皇のご発意により、武蔵野の面影を持つ樹林として、1982年から3年にかけて整備された。

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 皇居の庭園とは思えないほど。今では紅葉の名所の一つ。
 地図番号39の辺りをうろうろしていた。

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 池のそばに出た。池に浮かぶのは羊草か河骨(コウホネ)か。

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 池の周りも秋景色。

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 地図番号39の辺りの雑木林。

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 もう一度林の中に入った。
 二の丸庭園でもっとも気に入ったところだ。
posted by たくせん(謫仙) at 08:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年02月06日

皇居東御苑 その3

二の丸庭園から平川門

16.1.30-1.jpg 案内地図 横1200ピクセル

 天守台を下りて、汐見坂を二の丸跡へ向かう。かなり急な坂だ。汐見の名のごとく、すく近くに海が迫っていた。石垣の石も伊豆などから下の濠まで舟で運ばれた。

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 二の丸庭園に入る。冬景色。一部に武蔵野の面影を残した雑木林があるのだが、草は枯れて笹が足下を隠すのみ。
 2004年の11月に来たときは、背を超すススキなどで武蔵野らしい様子だった。その4でそのときの写真を載せる。

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 建物は諏訪の茶屋。二の丸の唯一の建物。(休憩所を除く)

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 池は日本庭園に付きもの。池も冬景色。

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 池の向こうには菖蒲田などがあるが、菖蒲田は水を抜いている。
 向こうの林が、冬の雑木林。

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 この錦鯉は見慣れない形をしている。
 インドネシアのヒレナガゴイと日本のニシキゴイを交配した、ヒレナガニシキゴイ。
 まるで大きな金魚のようだ。

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 池を半周した。

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 諏訪の茶屋の前には都道府県の木がある。
 梅が咲き始めていた。平川門に向かう。

 天神濠の近くが小さな梅林となっている。
 
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 まだ咲き始めたばかり。
 この辺りは南側に比べて、研究がされておらず、今後に期待することになる。

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 松はどうしてここまでねじれるのか。

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 入場札を返し、平川門に向かう。写真は櫓門であり、この外には高麗門がある。
 御三卿(ごさんきょう)はこちらに屋敷があったので、この橋を通って登城した。他の大名などは大手門から登城する。

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 櫓門を出ると左に不浄門がある。地図を見ないと判りにくいが、ここから帯曲輪を得て死体などが運び出された。生きてここを通ったのは浅野内匠頭だけという。
 私たちはここを通らず(通れない)、高麗門から外に出る。

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 平川門の橋は木の橋だ。擬宝珠(ギボシ)には文字が刻まれている。

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 不思議なことに「大工」の文字が消されている。

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 今に残る、ただ一つの木の橋を通って振り返る。右が高麗門である。
 大手門と同じように、高麗門と櫓門がセットになっている。
 この後、パレスサイドビル屋上から平川門を見るとこの日一番の絶景が広がる。なお、そこでは撮影禁止である。

  つづく
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2016年02月03日

皇居東御苑 その2

江戸城本丸跡

16.1.30-1.jpg  案内地図 横1200ピクセル

 本丸の高さまで上がると、二本のケヤキが正面にある。

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 この二本のケヤキの向こうが城の中心で、本丸跡の大広場である。わたしたちは左に行く。
 左へ左へと回り込むと、富士見櫓がある。天守閣のない江戸城では、富士見櫓が象徴であった。

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 松の廊下跡を過ぎて……、松の廊下では判らない人がいるだろうと思ったが、見学者はほとんどが知っているという。
 ガイドの研修のとき、「あちこちでガイド以上に知っている人がいて、この松の廊下跡がその代表です」といわれたという。だから説明しません(^_^)。

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 この広場は奥が、中奥と大奥の跡、手前が表で政治の中心であった。この大広場にはびっしり隙間もないほど建物が並んでいた。
 明治天皇が来たとき、荒れていて、とても住める状態ではなかったので、蓮池濠の西に仮宮殿を建てた。そこが現在までつづいて新宮殿になっている。

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 石室、狭い石室で使用目的は不明。

 竹林がある。昭和天皇のお印が竹であったため。

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 キッコウチク
 
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 キンメイモウソウ

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 天守台。明暦3年(1657)の大火で天守閣は焼け落ち、以後は再建されていない。保科正之が幕府のトップであったとき、江戸の街を再建するのが先と、天守閣の再建を止めたという。すでに天守閣の時代は終わっていた。

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 天守台から見た大広場。
 今、天守閣を再建築しようという話がある。だがここは宮内庁の敷地であり、今上天皇など皇室は消極的であるという。近代化の波で消えたのならともかく、明暦3年以降存在しない天守閣を再現するのは疑問に思う。
 天守閣のないのが元和偃武(げんなえんぶ)の象徴といえないか。

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 桃華楽堂
 香淳皇后の還暦祝い(昭和41年)に建設された。ここだけが場にそぐわない異様な雰囲気。鉄線(クレマチス)のデザイン。

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 北側には武道館の屋根がわずかに見える。

   つづく
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