2016年11月27日

リビア砂漠探検記

リビア砂漠探検記
石毛直道   講談社   1973.6

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 1968年、リビア王国を探検した人がいた。
 リビアは王国だったのか、と疑問に思う人もいるだろう。あのカダフィー大佐の革命の前の話である。著者は砂漠の小さな村の生活ぶりを詳しく書いている。
 民は税金を払わず、政府は石油収入によってえた金を、広く薄くばらまいて統治していたのだ。そのため砂漠でも多くの人が生活している。
 住めば地獄だろうが、著者はどんなことにも平然と、客観的に見ているので、砂漠の生活が楽しそうに思えたりする。食事も粗末だが、普通に食べられそうに思えたりする。
 そして後半はリビア砂漠の道なき道を、荷物運送のトラックに乗って、南のチャドへ行く冒険旅行の話になる。その冒険旅行によくある事件の数々を、著者は鋭い観察眼で気負わずに書いている。
 五十年近く前の砂漠地帯の生活は、極地体験であろう。
 グーグルアースを見ると、今ではかなり数の円形の畑地がある。住宅も多いようだ。それでも場所によっては、今でも当時と似たような生活をしているかもしれない。
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2016年11月21日

あなたは、なぜ太ってしまうのか?

あなたは、なぜ太ってしまうのか?  肥満が世界を滅ぼす!
バリー・ポプキン   朝日新聞出版   2009.12

 世界的な肥満増大に対する警告の書だ。近年の社会の変化が、肥満と病気を引き起こしていることを具体的に解説している。(全訳である)
 まず、太る原因は、摂取カロリーの過多である。食べる量が多すぎるか、運動などで消費するカロリーが過小であるか、どちらかだ。そのカロリーは糖質であろうと脂質であろうと同じこと。
 ではなぜ多く食べてしまうのか、なぜ運動不足になるのか。その原因を検証している。
 アメリカの例、中国の例、インドの例、その他世界中を俯瞰して、その原因は食のグローバリゼーションであるとする。時期的にもその時期に一致する。アメリカでも50年前は肥満は少なかったのだ。
 外食中心(中食を含む)で、ハンバーガーのようなジャンクフードが多くなった。
 飲み物もジュースやコカコーラなど糖分の多い飲み物となり、その分食べる量は減らさねばならないのに、飲まないときと同じように食べている。

 これらの例を具体的に細かく説明している。しかし、わたしが読んでいて、そんな具体的な例が必要なのか疑ってしまう。
 エレンとボブの日常の暮らしぶり。どこに住み、何時何歳の子どもを学校に送り、何を食べ…何を飲み…、これがあまりに細かい。もちろんわたしの知らない人である。エレンとボブの特殊例ではない。それがジャックあろうがベティであろうが成り立つ話だ。ならば特定の例にせず、その町の平均的な生活で良いのではないか。まあ、これがアメリカ的な書き方か。
 ダイエットをしようとした人なら、そんなことはわかってるだろう。だがうまくいかない。再確認の必要がある。
 読んでいて、「だからどうした、だからどうした」と、いらいらしてくる。250ページあるが、50ページ程度にまとめられるそうな気がする。
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2016年11月12日

砂の文明 石の文明 泥の文明

砂の文明 石の文明 泥の文明
松本健一   岩波書店   2012.8 (2003版の改訂版)
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 世界を、砂の文明・石の文明・泥の文明と分類し、その特徴をもって、古今の世界の状況を判りやすく説明している。
 特に今の中東情勢を、砂の文明と石の文明の衝突として解釈するあたり判りやすい。
 ただし、何度か「○○であるとすれば、……はこうなる」と説明しているように、これは仮説であって、できれば、逆に「○○でないとすれば、……はこうなる」という説明も欲しいところ。
 まるで誰かから「○○であるとすれば、」という宿題に答えたようだ。
「自分は信じていないが、○○であるとすれば、…はこうなる」と言っているみたいだ。
 自分の考えなので、「次のように考えた」でいいはず。

 石の文明とは薄い土地の下が石の地域で、中部欧州などを指す。ここは草地となり、農業に適さず、産業は牧畜であり、生産を拡大するには、外に土地を求めることになる。そのために西洋文明が起こった。そして世界を侵略する、つまり世界のあちこちを植民地化した。
 砂の文明とは、砂漠地帯を指す。土地は不毛でそこでは永住できない。砂漠周辺の人を対象とする商業活動を行う。そのため、ネットワークを利用し交易する。国境という概念がない。
 泥の文明とは、アジアモンスーン地帯など、豊かな土地のこと。ここでは定住して農業を行う。生産をあげるには、土地や品種を改良し質を高める。土地を広げようとすると、となりの土地とぶつかることになるからだ。

 こう考えると、石の文明が拡張して他地域を占領し独占し、それと国境を無視する砂の文明とが衝突することになるのが理解できる。
 また砂の文明では、不毛の太地で孤独に生きる精神的な支えとして、絶対神である一神教を信じることなる。
 泥の文明地帯では生命が満ちあふれ、そのため多神教となる。自然の山や川が地域の境となり、お互いに境界を守る。インド・華南・韓国・日本など。
 ここで注意すべきは、北朝鮮・華北などは泥の文明地帯ではない。
 なおインドの独立に当たって、ガンジーは「非暴力的抵抗」で成功した。これは泥の文明の考え方という。
 世界を代表するような文明の仮説であって、例外(たとえばギリシャは石の文明)も多いが、論旨が明快で、文明などに対する一つの見方として、一考の価値がある。
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2016年11月06日

代替医療の光と闇

代替医療の光と闇 魔法を信じるかい?

ポール・オフィット    地人書館   2015.9
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 代替医療とは、「通常医療の代わりに用いられる医療」を指す。今のところ、通常医療に取って代わるような代替医療は存在しないという。
 代替医療でも効果がはっきり証明できれば、つまり科学的根拠があれば、それは通常医療に組み込まれよう。代替医療ではなくなる。
 代替医療は効果があることを証明できないので、医療といっていいのか。
 元気なときに、正しい知識を身に付けて、わが身を守らなければならない。
 この本で書かれた悲劇は、ほとんどがアメリカの話だが、今後は日本でも同じような悲劇が起こりそうなのだ。
 治るはずの通常医療を拒否し、代替医療に頼る。その様子を丁寧に解説している。
 すべてが詐欺師ばかりではない。間違った信念で「病が治る」と思い込んでいる人もいる。その「間違った」が通る歴史的いきさつや、社会状況の詳しい説明がある。
 アメリカのサプリメント業界の暴走ぶりが、なんと法的なお墨付きの下で行われているのだ。
 そのような、インチキ代替医療に騙されてしまった人たちへの、思いやりが読み取れる。
 代替医療だって、プラセボ効果で効くことも多い。だから代替医療とインチキ医療が見分けにくいのだ。

 一例としてビタミン大量投与があげられている。どんな薬でも摂りすぎはよくないはず。
 鍼に対しても否定的だ。鍼は体を熟知していないと効果は薄い。しかし、それなりの効果があるといわれている。科学的に証明できないのが問題か。


 最後に…、副題の「魔法を信じるかい?」は原文に有り、代替医療のことをいっているようだが、代替医療は魔法ではない。騙された人たちも魔法だとは思っていないだろう。魔法は信じていないはず。
 わたしは「魔法」とは祈祷医のようなものと思って読み始めた。たとえば、牧師にお祈りしてもらうとか。偶像に祈るとか。未開地域における祈祷師とか。
 全体的には読みにくい。言葉は易しいが、訳がこなれていないので、止まってしまう。
 「ひとりの男が…」とあると、「あれ、これはひとりでなくても、女でも該当すると思うが…、」と考えてしまうとか。
 延々と寄付者の名前と金額が並べられたりするが、「その名前や金額にどんな意味があるのか」とか。
posted by たくせん(謫仙) at 12:08| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする