2016年12月27日

子どもを守るために知っておきたいこと

子どもを守るために知っておきたいこと
メタモル出版   2016.7

 13人の専門家による共著である。
 子どもを守ることだけでなく、大人も自分を守るために知っておきたいことばかり。
 いま世間では、どのようなデマ情報が流れているのか、そしてどのような問題が起きているのか。
 インターネット上では、根拠のない適当な記事を量産しているところもあり、親たちを混乱させている。それどころか学校や公的機関や医師でさえ、間違った情報を発信したりする。
 極めつけはホメオパシー、薬は大量に摂れば毒になるが、適度に薄めて、薬として役立てている。これを極度に薄めあめ玉にしたもの。本来の成分などないに等しい。根拠はイギリスでは認められているというのだが、逆にイギリス以外は認められていない。イギリスでも効かないことは判っているが、希望者がいるから禁止していない、だけのもの。
 本来の成分がなくとも水が記憶しているそうだ。まさか。
 食べ物でも、あれを勧めたりこれを勧めたりと混乱するが、偏食で良いはずがなく、マイナス面も検討せねばならない。
 あるいは「江戸しぐさ」。なんと学校で取り上げたという。わたしも騙されてしまったが、芝三光なる人物の捏造と判っている。なかなかいいことも言うが、基本が捏造である以上、検討せずに信じてはならない。
 放射線の話もある。薬と同じように程度問題なのだ。津波による原子炉爆発があったが、今では福島でも他と同じ程度になっている。もともと自然界には放射線は一般的にあるので、福島が特に危険ということはない。もちろん危険地域は存在する。これははっきりさせねばならない。

 よく自然食品を推薦する人がいる。自然の意味は曖昧だ。
 わたしは登山の友人と話したことがあるが、自然の植物は毒を含むものが多く、山菜より八百屋やスーバーに並ぶ野菜の方が、遙かに旨くて安くて安全である。
 そんな常識の本である。
 これで完璧ということはなく、不備な点もあるだろう。詳しい人なら間違いを見つけるかもしれない。
「ニセ医学」に騙されないために と同じく、冷静な状態なら誰でも正しく判断できることなので、いざとなる前に読んでおきたい。
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2016年12月07日

それも一局

それも一局
弟子たちが語る「木谷道場」のおしえ
内藤由起子   水曜社   2016.10
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 昭和の前半を代表する棋士、木谷實九段。冠は少ないが、(もちろん当時はタイトル戦が少なかった)プロ棋士を次々と育て上げ、呉清源九段と並び称された、昭和初期の大棋士である。
 自宅を「木谷道場」として、育てたプロ棋士は51人、日本の棋士育成を独りでやったようなもので、一時はタイトルは木谷門下のたらい回しと言われたこともある。
 木谷道場は平塚にあった。著者も平塚出身で碁を学び観戦記者となる。
 弟子は通いの弟子もいるが、ほとんどは住み込みである。著者はその弟子たちに接し、直接話を聞いて、木谷道場の様子を綴っている。

 いったいどのように教育したのか。
 弟子たちの碁を見て、「それも一局だね」とは、木谷がよく口にしていた言葉。
 この言葉は本来盤上をさして言う言葉である。碁が打たれ、途中で別な手段もあって、その後の展開が変わるとき、その別な手をさして言う。続けて打ってみれば拙い手もあろう。しかし、そのとき、その手が悪手とはいえず、その後が違った碁になるならば、「それも一局だね」と評価する。
 決して上から頭ごなしに指導することはなかったという。
 塾頭格の大竹英雄、三羽烏と言われた石田芳夫・武宮正樹・加藤正夫、さらに小林光一・趙治勲などそれぞれ個性が違う。それ以外の棋士も独特の個性で光り輝いている。これらの人が互いに磨き合っていた。
「それも一局だね」には「それも一つの人生だね」という意も込められている。どんな人生も一つの人生なのだ。
 木谷夫人の美春さんはもと地獄谷温泉の旅館の長女であった。毎日三十人分もの食事を作ったのも、その経験が生きたのかもしれない。夫人は七人の自分の子も、弟子たちと区別しなかった。個性を尊重した。そのため七人は全く違う道を選んでいる。
 プロ棋士ばかりでなく、周りの人たちの話もある。

 第11章では、海外の子どもたちの夢をお手伝い 小林千寿 
として、小林千寿六段の話がある。
 多くの欧州の青少年の世話し、二人のプロ棋士を育てた、異色の経歴の持ち主である。
 木谷家の長男である医師の健一さんから電話があった。
「君は父がやりたかったことをやっている。父は戦後の焼け野原をみて、『もし世界中の人が囲碁をやっていれば、こんな戦争は起きなかっただろう』ってよく言っていましたから」
と、海外普及の努力を評価した。
 順調だったわけではない。初めて育てたハンスピーチ六段は囲碁普及のおり、グアテマラで強盗の凶弾に倒れて亡くなっている。
 それから13年。今年になり、アンティ・トルマネン君が入段した。二人目のプロ棋士だ。

 不肖私は小林千寿六段のアマの弟子である。木谷九段の孫弟子と言うことになる。千寿会に参加してもう15年になった。入会して1年後の正月にハンスピーチ六段の訃報を聞いた。ハンスピーチ六段には一年間で十局ほど指導碁を打っていただいた記憶がある。
 千寿会に参加しなかったならば、全く違った人生を送ったことだろう。それも一局なンだが。

参考  ハンスピーチさん死去
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2016年12月03日

六義園 紅葉2

六義園 紅葉2

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 桜の大木。園内には大木が多い。

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 草木染
 吟花亭跡の近く、穏やかな色であることよ。
 池の周りの写真も撮ったが、4月の写真の方が良いので、重ならないように省略する。

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 見上げれば輝きがある。人が見ようが見まいが、樹は冬支度をしている。

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 滝見の茶屋から千鳥橋。

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中の島も冬支度。

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 出汐の湊の近く。櫨(ハゼ・ハゼノキ)、ウルシ科なので、かぶれることもある。外来種で、日本への渡来は安土桃山時代の1591年。

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 櫨紅葉(はぜもみじ)は秋の季語。

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 宜春亭(きしゅんてい)は茶室である。

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 心泉亭は開いていた。こちらは集会場。

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 心泉亭でお茶をいただく。

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 喫茶去(きっさこ)「どうぞお茶でも召し上がりなさい」

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 渡月橋
 お茶をいただいた後は、櫨も楓も枯れ葉もみな同じように美しく……、見えるような人になりたいが、凡人のわたしにはなれませんでした。
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2016年12月01日

六義園 紅葉1

六義園 紅葉1

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 寒い日であった。六義園が紅葉しているという。(11.26)
 2014年4月に訪れたとき、北側の剡渓流(ぜんけいのながれ)辺りにカエデが多く、紅葉の季節に訪れたいと思っていた。その機会が訪れたのだ。
 前回は通れなかった染井門から入る。入るときは空いていたが、帰りは門前に並んでいた。

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 11時半頃の染井門

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 木陰の中に陽がさして。

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 下は剡渓流(ぜんけいのながれ)である。

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 山陰橋から剡渓の流れ越しにつつじ茶屋をみる。
 前回は工事中で入れなかった所だ。

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 上の写真の反対側から、つつじ茶屋に入る。

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 細くて曲がったつつじの木を用いている(サルスベリもあるらしい)ので土台も工夫している。
 
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 右の斜めまっすぐな木は補強のため。
 
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 座っていいのか心配になる。

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 上を見れば、ここでも組み合わせている。

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 山陰橋

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 紅葉よりみどりがまぶしい。

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 多くの紅葉は茶色に近く、陽がささないと冴えない。こうして紅葉らしい輝きがあると鑑賞に堪える。
posted by たくせん(謫仙) at 13:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 探花・探鳥 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする