2017年09月25日

漱石先生大いに悩む

清水義範   小学館   2004.12
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「我輩は猫である」を書くことで、現代的な文体を完成し、後世の手本となった夏目漱石の、猫を書くまでの悩みを戯画的に書いた小説である。
 ある人が古い手紙を持ち込んだ。なんとか読んでみると差出人は夏目金之助(漱石)らしい。
 受取人は誰か。若い女性らしい。この「手紙」の謎に迫るうちに、当時の漱石の心情が理解でき、作家「夏目漱石」の偉業が頭に入ってくる。
 明治時代は文語の時代であった。そこに言文一致体の文を試作する人がいたが、どうもしっくりしない。それを漱石が、若い女性の意見を参考に「我輩は猫である」で完成させた。
 読んでいるときは、とても小説とは思えないほど。その若い女性は自殺した。その原因は漱石か。
 そのミステリー小説といえよう。
 漱石の意外な上機嫌さ。お金に対して細かい人という一面もあり、その理由も納得できる。
 どこまで本当なのか創作なのか気になってくる。最初の手紙にしても、読んでいるときは、その手紙があって、いろいろ考えたように思えたが、どうやら手紙も創作らしい。
 一気に読んでしまった。
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2017年09月19日

畏友亜Qさんをしのぶ

 今 たくせんの中国世界 で、次の記事を書いているがようやく終わった。
岡崎由美先生と行く中国の旅 2017年8月17日〜8月22日
四川省名山の旅−道教・仏教聖地と武侠文化を訪ねて

 8月14日に畏友亜Qさんが亡くなった。享年73、年齢72歳であった。盆の真ん中なので葬儀は難しいだろう。そう思い、わたしは8月16日にお通夜に出るつもりで用意していた。17日朝は5時前の始発電車で成田空港に向かう予定なのだ。しかし、19日にお通夜、20日に告別式となった。申し訳ないと思いながら、友人に弔意を託した。
 思えば、わたしが中国旅行を公表して以来、何度か中国行きの話をかけられ、「気をつけて行ってらっしゃい」と言われていた。だから、葬儀に参列せず中国旅行に行ったのも、許していただけるであろう。

 千寿会で梵天丸さんが書いているように、筆の立つ人であった。千寿会の雑記帳をクリックしてみても、わたしの三倍以上の文を書き、その内容が三倍以上濃い。
 わたしは碁ばかりでなく、文でも多く教えていただいた。感謝している。
 わたしの好きな武侠小説(ドラマも)に対しても、中国のチャンバラと喝破していた。
 ちなみに田中芳樹さんは母上に「武侠小説とは」と問われて、「中国の立川文庫」と答えたという。わたしなどタテカワなのかタチカワなのか読み方を知らないが、この答えは上手いと思った。「中国のチャンバラ」も「中国の立川文庫」に匹敵する名言ではないか。
 怪しい関西弁をあやつり、わたしは「老頑童」としたが、本人は気に入っていたようだ。
 近年、亜Qさんは体調が十分ではなく、執筆量が落ちていて心配していた。
 ご恩返しも出来ずにお別れとなったが、江湖(武侠の世界)の恩返しなど、不要であろう。
 ようやく、中国旅行の話も一段落して、亜Qさんへの弔辞を書く心の余裕ができた。
posted by たくせん(謫仙) at 12:39| Comment(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする