2017年12月30日

杏奈は春待岬に

杏奈は春待岬に
梶尾真治   新潮社   2016.3
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 健志と他3人の、少女杏奈に対する純愛の話といえるのかな。ある意味残酷な現実でもある。人は誰でも思った通りにはいかない。
 前半のプロットは「思い出のマーニー」に似ている。
 主人公の健志は春休みに祖父母の住む海辺の町に行った。10歳のときである。
 その町から見える春待岬の先端に洋館があった。そこで桜の時季しか現れない不思議な少女に会う。少女は17歳。その少女を世話し洋館を維持する老人がいる。
 健志はその少女に恋をし、毎年春休みには会いに来る。ところが少女は時間軸が異なり、桜の時季が過ぎるといなくなり、次の春に現れたときは、いなくなったときの次の日の感覚である。タイムマシンクロノスの故障の結果であった。
 健志は少女を救いたいと思う。老人は亡くなり、健志はその洋館を任され、春には少女の世話をし、そのまま世間とは没交渉で老人となってしまう。少女は17歳のまま。
 健志は少女杏奈のために一生を費やすが、それが自分のために生きていくことでもあろう。
 これは中軸で、もちろんこれ以外にもいろいろな話があるがそれは省略。

 さて、タイムマシンものは、いくつかの問題が生じるが、それは問わない。問題は世間とは没交渉で生活できるのかという現実の問題である。費用の問題は解決している。しかし、洋館の維持管理で一年を費やし、春には少女杏奈の世話をする。その生活のための物資は、どうしているのか。買ってくるはずなのに、その様子はない。町の人が運ぶわけでもない。このナゾは最後まで解けない。
 わたしはそんなくだらないことで躓いてしまう。ただし、おもしろい小説であるとは言っておこう。
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2017年12月25日

天頂の囲碁7に挑む

 16年前、わたしがインターネットで禁煙の碁会所を探していたとき、千寿会を見つけた。
 参加してみたら碁会所とは全く違う碁会であった。指導碁が中心で、その間に各人が自由に対局する。
 その指導碁であるが、はじめは6子だったか。慣れてくると、小林千寿師父は3子の置き碁を勧める。理由は一隅を空けてあれば、そこでいろいろな手段を試みることができるからだ。4子以上では、単調になりやすい。上手く打てたときは、勝利という褒美を頂ける。
 さて、指導碁では3子でも勝つことがあるが、実力はどうであろうか。思うに井目でも勝てそうにない。実際に、ここでこう打たれれば潰れていたという場面が何度もある。
 そこで潰さずに、いろいろな手段を考えさせるのが指導碁だ。
 あるとき会員の中に、わたしが5子も置かなければならない八段子がいた。その八段子は、「プロが本気になったら井目でも勝てないだろう」と言う。
 それなら、わたしなど井目風鈴でも勝てないかもしれない。

 11月に「天頂の囲碁7Zen」という囲碁ソフトが発売された。実力はプロ九段の域に達したという。評判はけっこう高い。
 本当だろうか。その母体の「DeepZenGo」は確かにプロ九段のトップレベルに勝っているが、市販された「天頂の囲碁7Zen」にそれだけの強さがあるか。
 CPUだけ取り上げても、DeepZenGoは E5-2699v4×2(44コア 88スレッド 2.20GHz)を使っている。1個57万円、2個で114万円だ(12月調べ)。
 わたしのパソコンのCPUは4コア4スレッドで、2万円台である。これで上記の実力を発揮できるだろうか。
 九段とは言わないまでも、プロ入段程度の実力を発揮するかもしれない。これで上の問題の解答が示されるか挑戦してみよう。

 最初は黒番で20手ほど。このときは「天頂の囲碁6」と変わらない感触だった。もっともわたしが気がつかないだけで、すでに首が飛んでいたのかもしれない。
 次は9子局で試みる。このとき驚いたことが二つ。
1.ほぼ終局と思っていたら、これでも投了せず続けて打ってくる。どの場面でも圧倒的に黒がいい。9子の力の差があっても、もはや逆転できない処まで打つ。もちろん、そうでなければ、わたしのような凡アマには意味がない。
 開発者は、置き石の数によって、投了のタイミングに差を付けたという。
 地に差があるからといって、早めに「清く一礼」はない。
2.これだけ差があるのに、alpha go のようなうろたえた手はなかったこと。死期を自ら早めるようなことはなく、最善を尽くす。
 この2点だけでもわたしには商品価値がある。
 わたしの設定は60秒である。それでも20秒〜40秒程度で返ってくる。手どころでは40秒を越える。早いときは10秒もかからない。いつでも60秒考えるわけではなかった。

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 この図は一例である。この場面では黒が80目ほどリードしていると思う。
 下辺を下がってしまえば良かったと思うが、ここでも一目でも得しようと光っている点に打ってしまった。この光は検討しているときの光だ。

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セキになりそうになり、セキ崩れで下辺一帯を全部取られそうになった。コウでなんとかしのいだが、このヨセの強さはさすがと思った。
 9子でも勝つのは容易ではない。
 高川秀格師は、「プロでも布石の下手な人、戦いの苦手な人はいる。しかし、ヨセの弱い人はいない。ヨセが弱くてはプロにはなれない」といっていた。
 「天頂の囲碁7」を相手に、勝ち碁を勝ちきる難しさを痛感している。だからこのような場面でも、終わりにせず最後まで打つ。
 逆にリアル碁では「清く一礼」を目指している。
 その後だが、9子局2勝2敗、8子局5連敗。勝つときも負けるときも差は80目以上。一局だけ8目差があった。
 どうやら、わたしのパソコンでもそれなりの力が出ているようだ。
posted by たくせん(謫仙) at 05:04| Comment(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月13日

囲碁を始めたい人のために

囲碁を始めたい人のために
入門から中級までの打ち方が1冊でわかる!
石田芳夫   成美堂出版   2009.10
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 副題が示すように入門の時の打ち方の詳しい解説書である。
 碁で大切なことは、
1.交代で交点に打つこと。
2.駄目のない石は盤上から取る。
3.地+取った石の多い方が勝ち。
 この三点である。1.は打ち方以前の問題で、1秒で判る。
 本書では、目的である「地+取った石の多い方が勝ち」ということを最初に説明している。
 次は「2.駄目のない石は盤上から取る」
 そして終局や、はじめの打ち方つまり初歩の布石だ。
 よく、アタリ・ゲタ・シチョウ・ウッテガエシ・ナカテなど、技術的なことばかり説明する人がいるが、そんなことは上のことを理解した、その次の話である。
 特に目的である「地の多い方が勝ち」は、何が何でも最初に説明しなければならない。
 わたしが最初に手にした本はこの本と似たような題名の本だった。
「碁は難しいものである。だからやさしく憶えることはできない。そのつもりで取り組んで欲しい。」というような意味の文が最初にあって、技術的なことばかり説明していた。結局、それでは打ち方は判らなかった。
次に初歩の打ち方を書いた本を読んで、ようやくイメージが理解できたのである。
 まあ、それ以前に上の三点は判っていたので、二ヶ月で打てるようになったが、今では「あのときこんな本を読んでいたらなあ」と思った。
 わたしの世代では、素人が碁を教えるといったとき、いきなり井目置かせた実戦である。それでは嫌になってやめてしまうかもしれない。
 なお、九路盤では碁は憶えられないと思う。九路盤はルールを理解させるためで、理解出来たら直ちに九路盤は卒業させるべきである。初歩の打ち方も、十九路盤であるが故に成り立つ場合が多い。
 本書では、まず最初に十九路盤の隅・辺・中央を説明している。次のページが「地の多い方が勝ち」の説明。この2ページで最初の関門をクリアーさせてしまう。
 昔は周りで打つている人がいて、はじめの三点は何となく知っている。だからいきなり実戦でもなんとかなった。しかし今では、はじめの三点を知らないので、目的も教えず実戦では無理だ。これだけ教え方と教わる環境が変化している。
 誰もがたどる一番最初の疑問に答えることが肝心なのだ。

 あえていえば、「ルールはシンプルである」といいながらルールの説明がない。いや説明はしているが、ルールとして説明していない。
 これを最初のページに欲しかった。具体的にシンプルであることを示すのだ。これは盲点かもしれない。
「駄目のない石は盤上から取る。説明は○ページ」こんな調子で数行で済むはずなのだ。
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2017年12月07日

冥府神の産声

冥府神(アヌビス)の産声
北森 鴻   2000.5   光文社

 脳死臨調のリーダーである帝都大学医学部教授が刺殺された。元医師で現在はルポライターとなった相馬がこの謎を探ると、新宿のホームレス街に、優秀だった元同僚を見いだす。予言をする不思議な少女トウトと一緒にいる。
 人間の死とはなにか。何をもって死と断定してよいのか。これは脳死をどうするかという問題でもあった。
 臓器移植という問題がある。本人や家族の意思は別にして、移植するには死体が必要である。それも新鮮な死体が必要だ。つまり身体がいたんでしまっては移植できない。
 どの時点で死と判定するか。つまり脳死で死と断定するにしても、新鮮な死体を求めるあまり、まだ生きているうちに脳死と判定してしまう可能性はないか。
 その判断基準を巡る争いの医療ミステリーである。

 不思議な少女トウトの謎が解明しない。そのために読後感が悪く落ち着かない。
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2017年12月02日

残業税

小前 亮   光文社   2015.8
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 残業は犯罪である。
 このことをわたしは当然だと思うのだが、多くの人は「そんな馬鹿な…」と思うのではあるまいか。
 三六協定という、使用者と従業員の契約があった場合、使用者は罰を免れる。従業員に残業をさせる企業(使用者)は、その協定を監督署に届け出ているのだが、ほとんどの従業員はその協定を知らず、協定書に署名捺印した従業員の代表でさえ、その内容を詳しくは知らないのが普通である。
 この小説は、労働者を守るためにその残業に税金を賦課する。残業すると労使共に税金を払う必要がある法律が施行され、働き方が変わって行く。もちろんサービス残業は犯罪である。
 税を免れようと企業(使用者)はあの手この手で脱税を企む。脱税を防ごうとする残業税調査官と企業の戦いである。
 主人公の残業税調査官の相棒は、機密的な内容でも人前で大声で話す無神経な人物。読んでいてやりきれなかった。

 この中で、ある女性は形だけの管理者になるが、税金逃れのためであり、実質は毎月200時間もの残業に苦しめられ、ついに他殺に近い自殺をしてしまう。
 毎月200時間残業。わたしはこのような企業を知っている。賞与もかなり出ていた。実体は残業代を一部しか支払わず、残りをまとめて賞与として出していたに過ぎない。
 この小説ではさらに悪質で、税理士の指導のもと、労働者に夢を与えて、そのためならサービス残業も仕方ない、と思うように教育する経営者。公的には残業時間が判らないようにしてあるのだ。
 経営者(容疑者でもある)の世論操作で世論に叩かれながらも、働く人を守るべく奔走する調査官。ついに真相が明かされると、世論は一斉に経営者を叩く。
 労働者の教育と、権利意識を高めなければ、この戦いは永遠に続きそうだ。

 いま国会で働き方改革の議論をしているが、それを先取りしたような話だった。
posted by たくせん(謫仙) at 07:46| Comment(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする