2019年05月30日

京都5 亀山公園

亀山公園(嵐山公園亀山地区)

 京都の嵐山は有名だが、その辺りは嵐山公園と呼ばれる。その中に嵐山公園亀山地区と言われる地域がある。亀山公園と通称される。小倉山の最南部である。
 桂川(保津川、大堰川とも)を挟んで、嵐山の対岸である。

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 嵐山駅は、こんな着物柄のアートが迎える。

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 渡月橋に向かい、渡らずに保津川上流に向かう。

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 桂川の渡月橋から上流を保津川というようだ。

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 亀山公園は小高い山の上である。

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 ブラタモリで紹介された「嵐山公園 亀山地区 展望台」へ行った。
 前は保津川(桂川)の渓谷。
 左上が大悲閣千光寺。高瀬川開削などの角倉了以の寺。見えるのは月見台で、ここで日本で初めて算術書が著されたという。
 参考  雲外の峰−大悲閣

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 振り返れば京都市街が(わずかに)見える。

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 さらに奥に行くと、保津川を見下ろすようになる。保津川の川下りの舟が来た。小さくて見にくいが。

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 展望台の東側には、このような無粋な囲いがあって、大河内山荘の名がある。このときは、大河内山荘とはなんなのか知らなかった。
 トロッコ嵐山駅の方へ下る。
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2019年05月26日

京都4 伏見稲荷大社

伏見稲荷大社

 三日目(5月5日)は、午前中に伏見稲荷大社に参拝し、昼に解散する。
 伏見稲荷は全国の稲荷神社の総本山だ。この営業力には驚嘆する。
 全国至る所に分社がある。わたしの近所の民家でも、庭の片隅に稲荷社があったりする。
 
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 大きな鳥居の後ろに見事な楼門が見える。
 駅前からすると2基目の鳥居である。
 この日は、特別な行事があると見えて、神職は忙しそうだった。観光客も多かった。

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 楼門の左をいくと拝殿と本殿のわきを通り、奥社へむかう道だ。

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 本殿の奥側、この前に続きでもう一棟あり、両方で本殿である。

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 奥社へむかう鳥居の前の左右に狐がいる。
 あちこちにいる狐の銜えているのは、稲穂・玉・鍵・巻物のどれか。

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 本殿を半周するとはじめの写真では右手になるが、神楽殿。
 撮影禁止の立て札がある。禁止と言っても無理だろうな。囲いに入れば問題だが、遠くからでも撮れる。

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 約束の時間になったので、社務所の前に集合した。
 時間だが、行事があって待たされた。
 まず、玄関から入って二階に行き、お茶を頂きながら、歴史などの説明を受ける。
 例えば創建年が711年だとか。これをセブンイレブンと覚えてください。
 笑ってしまったが、しっかり覚えた。これで2011年に、創建1300年祭を行ったことが判る。
 とにかく平安遷都(794年)以前の、京都は秦氏の時代の頃である。
 池を見ながら最奥の社務所斎館にいく。
 斎館の前には池泉回遊式の庭園がある。制作年は2010年(併設の庭は明治期)。

 この庭園については「京の庭を訪ねて」の「伏見稲荷大社・社務所庭園」を参照してください。
   http://www.kyoto-ga.jp/greenery/kyononiwa/2015/09/post_12.html

 斎館は由緒のある建物である。
 そこで宮司さんを中心にして記念写真。

 社務所の見学を終えて一応解散し、有志でこれから千本鳥居の見学である。いわゆる千本鳥居はそこまでは高低差があまりなく楽に行ける。
 外国人就中西洋人にもっとも好まれるという千本鳥居である。だが中国語も多かった。

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 奥社に向かう階段を上がり右に曲がると、千本鳥居の前になる。
 ここでは大きな鳥居だが、少し歩くと小さな鳥居が隙間なく並んでいる。

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 このような小さな鳥居が延々と続く。令和の日付の鳥居もある。

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 途中の奥社奉拝所までで引き返したが(そのための帰り道まである)、ここまでを千本鳥居という。千本鳥居も実際には850基ほど。
 若いときに、この奥の稲荷山頂上まで行ったことがある。そこまで数えると一万基近いという。
 この日は人が多く、思うように写真が撮れなかった。まあ、社務所訪問が目的だったし…。
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2019年05月22日

京都3 下鴨神社と糺の森

下鴨神社と糺の森

 糺(ただす)の森に入る。

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 史跡 糺の森(再掲)
 糺の森は「鴨川をどり」でも背景となった。その背景は両側が小高く、谷のようなイメージだったが、実際の糺の森は平地である。一応原生林である。下鴨神社の鎮守の森化している。
 現在はおよそ12万4千平方メートルだが、往時は495万平方メートルあった。今の40倍である。
 現在およそ南北640メートル、東西150メートル。おそらく道路や馬場や建物などの森ではない部分を除けば、10万平方メートルもないだろう。案内の地図では、これで森が残っているの? と思わせるほど。

 地図から推測すると賀茂川と高野川に挟まれた三角形で、北は北山通りとすると、495万平方メートルに近い。現状では、まさに「史跡」である。むかしこの辺りに糺の森があった、という意味だ。だから現状は貴重な森なのだ。
 写真の鳥居は河合神社で、下鴨神社境内にある摂社。方丈記の鴨長明ゆかりの社である。
 鴨長明は下鴨神社の禰宜の鴨長継の次男であった。
 境内には鴨長明の庵が復元されている。いつでも家をばらして引っ越しできるように作られている。そして鴨長明は何度も引っ越ししている。

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 参道を下鴨神社に向かう。正式には賀茂御祖神社(かもみおやじんじゃ)という。書くとき、鴨か賀茂か気をつかう。
 左右が糺の森だが左数メートル先は、馬場であり、馬場の西側にも森がある。馬場の西側は少し厚みがある。
 右は森の向こうの道路を通る車がよく見える。そんな程度の幅である。
 馬場では、前日に流鏑馬(やぶさめ)が行われたはず。(あとで知った)
 原生林とはいえ、それなりの保存努力をして保っている。貴重な森だ。

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 最後の鳥居の前で神職が集まっている。

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 鳥居前の手洗舎
 船の模型に、石の手水場。いわれがあるのだが。

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 鉦と太鼓、何かの行事らしい。

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 楼門が近づいた。左にカメラを構えた人が並んでいる。

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 斎王代御禊儀がこれから行われる。葵祭に続く前儀であった。
 知らずに入ってびっくりした。こんな時写真が役に立つ。
 前日の5月3日に流鏑馬(やぶさめ)、4日の斎王代御禊、15日の葵祭に続くのであった。

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 門を入った正面はこの舞殿(まいどの)。

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 舞殿のとなりにあった。

 本殿の写真は撮り損ねた。
 儀式が始まった。一度門を閉じる。

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 先ほど見た太鼓などが入ってくる。

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 これでようやく、カメラの列が理解できた。
 禊の行事は見届けなかった。あまりに人が多く、あちこちを確認しながら歩くことができずず、京都府立植物園に向かう。
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2019年05月20日

京都2 鴨川

鴨川

 二日目、午前中は自由時間で、午後は京都囲碁道場での囲碁研修である。
 早く言えば、京都囲碁道場の道場生との対局である。
 相手は小中学生だが、はっきり言って手合い違いで負けた。道場生は同じ段位ならわたしより2段くらい強い。基礎の出来具合が違うのだ。
 石田九段(強い方の石田)は基礎筋力と言っていた。

 午前中の自由時間に、宿から西へ鴨川まで行き、三条から鴨川に沿って北上した。

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 鴨川の両側は公園になっている。左岸つまり東側を歩いた。

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 反対側には、舞台らしき物が見える。

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 橋の無いところでも飛び石伝いに対岸へ渡ることができる。

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 何だろう、ユキヤナギが固まって咲いているよう感じだ。コデマリかな。

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 飛び石伝いに対岸へ渡る。中州により水の流れが大きく曲がり、水底も曲線の模様ができている。

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 加茂大橋の近くで、アオサギに会う。途中にも何羽かいた。写真はないがダイサギも近くにいた。

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この飛び石は、賀茂川と高野川の合流地点への、賀茂川の飛び石である。高野川にもある。
 「賀茂川」と書いたが、この右数メートルで合流して、その下流は「鴨川」となる。つまり上流が賀茂川である。いままで知らなかった。

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 合流点から北へ「糺の森(ただすのもり)」に向かう。

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 河合神社の手前から「糺の森」に入る。
 奥に見える鳥居は、河合神社の鳥居である。ここから糺の森を通って下鴨神社に行く。

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 アマの段級位は各団体によって強さが違う。わたしは日本棋院の「幽玄の間」を基準にしているので、それほど甘い数字ではない。とはいえ、厳しくもない。一応全国に通じると思っている。京都囲碁道場は「幽玄の間」より厳しい基準ということである。
 なお、プロの場合は、強さより過去の実績の総和に近い。
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2019年05月15日

京都1 東山地区

東山地区

 5月3日に京都に行った。5日までは千寿会の団体旅行である。
 初日の昼に先斗町に集合。令和初の「鴨川をどり」を見た。
 前に入ったお茶屋さんの「おかあさん」にも会えた。

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 まず、抹茶をいただく、そして入った席は「と−7」、七夕の席であった。
 そこを2時に出て昼食は、南禅寺にある順正。

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 庭園の中にあるような店だ。一人じゃとても入れない。団体で入れる店が、ここしか見つからなかったのだ。
 順正を出ればもう夕刻も遠くないが、東山界隈の散歩。まずは南禅寺である。

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 南禅寺の門。

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 琵琶湖疎水の水道橋。明治時代に琵琶湖疎水ができて、水不足の都市が水で潤うようになる。
 その変化の表れが造園である。枯山水の庭から水をふんだんに使った庭園へと変化した。この近くには、非公開の庭園が多くある。いずれも明治時代の資産家の別荘だったのだ。今でもその流れをくむ。

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 近くの高校。 かなり優秀なようだ。五月だな。

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 禅林寺(永観堂)は素通りした。

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 永観堂も南禅寺もかなり前に見たことがあるが、全く記憶にない景色だった。

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 哲学の道は名前が有名であるが、ブラ歩きを楽しめる人でないと、面白くないだろうな。
 琵琶湖疎水である。鴨川や白川が南に向いて流れているのに、この小川は北に向かっている。

 この日の宿は、民家を改造した家である。東山駅に近い。家を借りたので、すべてセルフサービス。8月24日まで予定で埋まっているという。千寿先生が早いうちに見切り発車で部屋を確保しておいたのだった。
posted by たくせん(謫仙) at 18:37| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする