2022年08月24日

松本5 あがたの森公園

あがたの森公園

 あがたといえば「県」という字が思い浮かぶ。
 調べてみたら、元は県神社(あがたじんじゃ)の森の跡であった。
 そこに旧制の松本高校ができた。何度も言うが日本登山のメッカであった。
 現在は「あがたの森公園」となっている。松本駅から東へ1.5キロ。 
 歩いていると、高校生らしき群れの中に入る。そしてその人たちは公園の入り口から吸い込まれる。
 地図で見ると、高校3校が近くにある。松本県ケ丘高等学校、エクセラン高等学校、松商学園高等学校。

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 あがたの森公園入り口、右には「松本等學校跡地」とある。

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 古い建物は閉まっていて、文化会館移転のお知らせがある。

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 重要文化財、旧松本等學校講堂

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 コーヒーショップがある。入らなかった。

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 進むと大木が目につく。右の方へ行く。

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 公園らしい明るい場所に出た。

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 庭園風になる。

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 橋の側に四阿がある。

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 四阿はかなり大きい、池もそれなりに広い。

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 平和の誓い
 タイミングが悪かった。午後遅くが良いか。

 公園の外へ出て、松商学園の南側へ行くと薄川がある。川に沿って歩く。
 川の向こう側は、地図では「アルプス展望のしののめみち」とあるが、古道なのか。
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 工事中ながら、水は清い。この上は右に曲がり、山間になるとはいえ、人家は多い。水質に気をつけているのだろう。

 途中で筑摩神社(つかまじんじゃ)が目に入った。重要文化財に指定された由緒のある神社であるが、残念ながら、わたしの興味は引かなかった。

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 正面から見て左側。

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 こちらが正面になる。

 神道は教えのない宗教とも言われる。訓戒を垂れることはないし、宗教人としての定まった規程はない。
 価値は人々が大事にしてきたという歴史のみだ。それ故、解説者がいないと価値や意味が判らない。一応正面から手を合わせてきたが、見ず知らずの人が手を合わせる、そこが価値かも知れない。
posted by たくせん(謫仙) at 15:09| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月21日

松本4 アルプス公園

アルプス公園

 松本駅から北へ三キロほど行くと、アルプス公園がある。道路では四キロくらいか。
   アルプス公案内 案内
 交通の便が悪く、バスの便は一日2便、計画的に行かないと難しい。涼しい時期なら、歩いてもいけるが……。わたしはタクシーを使った。着いたとき運転手は「こんな何もない山道ばかりですよ」という。「この公園は昔は牧場であった」ともいう。
 南入口から入る。かなり広い。
 ほとんど人はいない。マレットゴルフ場だけはパラパラと人がいた。
 
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 少し歩くと「山と自然博物館」がある。

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 展望台(無料)に上がり、そして小さな博物館(有料)を見学する。最後までわたし一人だった。
 展望台では安曇野が一望できる。また北アルプス銀座通りが見える。

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 南西方向

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 感覚的にはこちらが展望の正面。

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 西方向 目立つのが常念岳、その右が横通岳。その右は大天井岳など。

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 北西方向は、豊科か。

 下に降りて、博物館に入る。
   山と自然博物館 案内

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 デーラボッチのイメージ像、こどもの遊び場になりそうだが、今は禁止。コロナウイルス問題が収まるまでか。
 動植物や岩石の標本。また登山の歴史など。わたしは興味深かった。
 

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 この辺りはこども連れがちらほら。

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 判りにくいがミニ動物園がある。
 ここからは写真がない。疲れてきたのかな。小川に沿って、中央辺りの池に出る。
 ここからは本格的な山の中。公園の地図で見ると北東側半分である。約半周し東側の外に出る。広い道を歩いていると、紅葉を見つけた。

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 楓の若葉か。
 地図を見たりしたがバス路線もなく、タクシーも通りそうにない。
 また公園内に入る。小さいが谷側に降りる。高低差はかなりある。
 地図では、16ふれあいの水辺。こういう所は好きだが、なんと行き止まり。

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 谷の先には高い橋が架かっている。
 坂道を登って引き返す。高い橋の方向に向かって坂道を歩く。ここで「こんにちは」と挨拶する女性に出会った。「こんにちは」
 なんとかという小鳥の写真を撮りに来たのだが、全然姿を現さない。むこうでは声が聞こえました?
 谷底にしばらくいたのですが、気がつきませんでした。午前中には、博物館の方で鶯の声がしましたけど。 
 今日は無理かな。
 詳しそうなので、松元駅の方に行くバス路線のことを訊いてみた。
 それではわたしも谷に降りることは止めて帰ることにするので、車で送ってあげましょう。すぐそこの東入口駐車場です。
 先の高い橋を渡ったら広い駐車場だった。
 神奈川県からこちらに来て30年になるという。わたしは松本に一週間の予定というとびっくりしていた。いろいろ話をしていると、あっという間に松本駅に着いた。
 今回の松本旅行で、一番印象に残ったありがたいことだった。

 六時過ぎ、食事をしようと蕎麦屋に行くともう終わりです、と言われた。 
 「蕎麦が売り切れてしまったので、今日は閉めます」
 別の日にその店に入り、馬刺しと盛りそばを注文した。馬刺しが先に出たので、ゆっくり食べていると蕎麦が来た。
 半分残った馬刺しの皿を脇によけて、「伸びてしまいますから、こちらから先に召し上がってください」と言われた。
posted by たくせん(謫仙) at 14:11| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月12日

松本3 松本城(後)

松本城(後)

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 外堀である。外堀は東側だけが残り、南側と西側は埋められている。
 水は浅いが澄んでいる。昔からこんなに浅かったか。鯉が背びれを出して泳いでも水が濁る。

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 二の丸裏御門橋。この橋は通ることができる。二の丸の北端である。

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 松本は扇状地。松本城も全体的に土地が傾いている。そのため、堀も何カ所か区切り、水門で水を調節している。黒門前でも区切られていた。

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 巨木が多い。松本神社の前。ここは城の北側、わたしの背中は堀。

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 埋橋。この橋は通れなかった。老朽化している。

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 南側から。こうして二の丸から見ると内堀は庭の池のようだ。それゆえ、外堀が必要だったのかもしれない。

 入り口にあったそば屋で手打ち蕎麦を食べて、今度は総堀の跡をたどる。
 総堀はほとんど埋められ、地図東側上部ににわずかに残っているだけだ。かなり歩いたような気がするが、地図で見るとたいした距離ではない。

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 黄菖蒲が咲いているように、かなり浅い。底がはっきり見える。
 道は北に向かってわずかな上り坂である。扇状地の特徴だ。

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 総堀の北の端を曲がると堀は終わり、凹んだ埋め立て地になる。そこには自噴井戸がある。ここもブラタモリで紹介されたところだ。
 松本の周りは高い山。その昔、山を目指した男の子は松本高校に集まった。そんな地形が、各地で水を湧き出させる。
 ブラタモリの松本編を見た人は、町中のあちこちの自噴井戸に驚いたかもしれない。
わたしも歩いていて、7カ所の自噴井戸を見た。2カ所で水の補給もした。

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 左の道とくらべ、これだけ凹んでいる。

 西へ歩く。総堀跡は土地が低いので判りやすい。

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 北馬場柳の井戸

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 水質に対する注意書きがある。ここ以外では見たことがない。

 外堀復元予定地で水質に問題あったという記事を見た。どのように埋め立てたのか気になるところ。市街地はビルが建ち並び、それも水質に影響しないのか。
 ここから西側の総堀の跡らしき道を歩く。

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 説明がないが、ここは総堀の跡である。ここもブラタモリで説明していた。

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 西総堀土塁公園。
 わずかに残された土塁の一部。説明がないと通り過ぎたであろう。延長約二キロ。
 総堀を掘ったその土で作った。往時にはこの上に塀があった。


 地図のはじめで説明した、女鳥羽川と総堀の境の土手は、狭いながら繁華街だったらしい。
 今は総堀は埋められているが、それでも旧土手道は、縄手通り商店街として、人気がある。

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 縄手通り入り口。

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 自動車は入れない。

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 時間が遅かった。

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 別な日の縄手通り。ここにも自噴井戸。肝心の賑やかな街の写真がない。残念。水をくむのは順番待ちだったのに。

 女鳥羽川の河原に降りる。かなり濁っている。上流には人家や農地があるのだ。
 この川は総堀の南側を横に流れている。かなり整形したと思われる。ブラタモリでは、本来、城の西側を流れていたのではないかという説を紹介していた。

 二百メートルほど下流に、南方から流入する水を見つけた。

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 まるで上水だ。自噴する水を集めたのか。
 濁った女鳥羽川に流れ出るが、対比が著しい。 
posted by たくせん(謫仙) at 10:21| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月10日

松本2 松本城(前)

松本城(前)
 わたしはその日泊まるホテルに荷物を預け、歩いて松本城に向かった。二回に分ける。
 松本城は国宝である。よく俗称として烏城(からすじょう)と言われると記述されているが、過去の文献にはなく誤りという説がある。初出はなんと昭和41年。
 なお岡山城は烏城(うじょう)。

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 女鳥羽川(めとばがわ)を渡ると一応松本城のエリアになるが、知らないとわかりにくい。
 道は一応クランクになっている。大手門の跡であり、枡形虎口があったので道はずれているのだ。

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 女鳥羽川はそれほど広い川ではない。街中としては大きいか。

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 この図の左右中央の下に大手門。
 女鳥羽川が下辺に横に流れ、その北側の土手を挟んで、総堀があった。薄い青は埋められている。
 松本城は一応、本丸の周りを内堀。二の丸と三の丸の間を外堀としている。その周りにほとんど埋められている総堀がある。
 内堀・外堀・総堀さらに女鳥羽川も4番目の堀の役を担う。しかし、現在の内堀と外堀で半二重の内堀、そして総堀が外堀と見るのが自然だ。
 総堀は右上にわずかに残っている。青い部分。
 外堀は図でも判るように南と西が埋められている。現在復元計画中なのだが、どこまで進んでいるか。

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 大手門からまっすぐに外堀まで。右は堀。この左側は残念ながら埋められてしまっている。ただし、外堀が復元されたら、そば屋の位置は堀になるのかな。
 古地図では、ここには道はなく、右に回り太鼓門から二の丸に入ったようだ。
 現在はまっすぐに、この堀を越えれば「二の丸」地域。

 これからのことは、二日分の行程だが、説明は分けていない。

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 内堀の向こう側が黒門。威厳をもって客を迎える。

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 この道を通って入る。この道は橋ではない。左右の堀では水面の高さが違う。それにしてもかなり浅い。

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 内堀を渡り、入場料を払って、黒門を通る。

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 芝生は本丸の位置が示されている。正面に天守閣。
 かなり前だが、わたしは松本城に来たことがある。そのときは、手前辺りに有料ロッカーがあったが、ほとんどの観光客はロッカーを使わず、この辺りに適当に荷物を置いて天守閣に登っていた。わたしもそうした。今ではあり得ない。

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 赤い欄干の部分は三代家光を迎えるために建て増ししたが、ドタキャンされたという。
 ブラタモリの松本編を見た人は、この辺りの説明を思い出して欲しい。

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 ここから天守閣に登る。
 天守閣の階段は狭くて急で、係員が交通整理をし、「横歩きがよい」と歩き方を説明しているほど。上では写真どころではなかった。
 で、昔の写真で代用

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 下に降りればホッとする、ゆったりした空間。


 黒門から出ると、古図の右の方へ歩く。ここには博物館があったのに、引っ越し工事中で、すでに廃館。建物のみ。
 太鼓門の方へ進み、その先の二の丸御殿跡に行く。

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 二の丸御殿跡はこのように区割りされている。縄で囲まれているが、一カ所開いていて、中に入れる。律儀に誰も縄をまたがない。

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 戻って太鼓門から外へ出る。

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 枡形になってるので主要な門だ。

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 太鼓門を外から。
posted by たくせん(謫仙) at 11:20| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年08月06日

松本1 碁会

 今年の5月に小林千寿六段主催の囲碁合宿で松本に行った。その後ひとりで松本市内を歩いた。
 有名観光地なのでいまさらだが、いくつか紹介する。
 まずは、松本美術館だ。
 後でホテルの人から、「開いていたンですか」とびっくりされた。つい先日まで、コロナウイルスの影響で、休館だったそうだ。
 この美術館はなんと言っても草間彌生だ。

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 本来、草間彌生の常設展があるらしいが、このときは、正倉院展でお休み。
 正倉院御物は、もちろん複製だが、かなり精巧で見て良かった。
 その後に駅前に集合した。アンティ・トルマネン初段夫妻も山形から駆けつけてくれた。ホテルのマイクロバスで会場つまりホテルに向かう。
 
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 ホテルから見た松本市。

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 ひときわ目立つのが常念岳。その右の常念乗越の常念小屋に泊まったことがあるが、いまは想い出。
 次の朝、朝食前に、近くの見はらし台まで登った。

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 その途中で見つけた藤によく似た花、蔓ではないので、藤ではなさそう。ニセアカシアと教えてもらった。
 多くの松が切り倒されて重ねられている。椎茸のホダ木には使えないし、山道の景観のためか。そう思っていたら、辺り一帯の松の木が松食い虫に荒らされていたのだった。

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 見晴台の景色。かなり広く見えた。

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 北アルプス。

 碁会2日目は、地元の囲碁会との合同碁会。会場に行くマイクロバスでなんと乗り物酔い。ウワー。もう写真を撮る余裕はない。

 両先生の指導碁は地元の方に譲り、わたしたちは対局に専念。わたしの二人目は中校生らしい女の子。なんと何にも話さない。終局寸前に相手が間違えて、大石が死んでしまった。それでも考えているので、「ここで終わりにしましょう」と声をかけた。少し感想も言ったが、それでも無言。
 昼休みになったので、小林先生のお嬢さんにそっと訊いた。
「あの子は話せないンですか」
「いえ、そんなことはない。普通に話してますよ。高齢の男の人相手なので遠慮したンじゃないかしら」
 午後、手空きのようなので声をかけた。
「もう一度、わたしと打ちませんか」
「イヤダッ」

 三日目は朝食の後解散。多くの人はゴルフに行き、わたしたち残り三人は皆に遅れて駅近くまで送ってもらう。
posted by たくせん(謫仙) at 15:03| Comment(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする