栗本薫 早川書房 1981.2
古い本だが、読み直した。
この外伝の設定と、現在進行中の本伝の設定との間にはかなりの齟齬か生じている。それがどうなるかで、ファンの間で、論争が楽しまれている。
今回の再読で、わたしもいくつか気がついた。
日本のヒロイックファンタシィは、この本によって始まったと言っても過言ではない。
いろいろな意味で、記念碑的な物語である。
ケイロニアの首都サイロンに起こる怪事の数々。
これには、600年に一度の星々の会があり、そのエネルギーを利用しようとする魔物たちの暗躍があった。
そのエネルギーを利用するにはケイロニア王グインが必要であった。グインはその信管であったのだ。
著者は本伝で「南無三」という言葉を使ったことがある。
読者から、これは仏教用語で、ここで使うのはおかしいという話があった。
これに対し、この場面ではこの言葉がふさわしいと、説明していた。
これはどうか。
本書「七人の魔道師」は、600年に一度の星々の会があり、グインはそのエネルギーの信管であることが物語の根元である。しかし本編では、この時代に火器は存在しない。
火器のない時代に「信管」で意味が通じるだろうか。
「引き金」ならば、日本語に翻訳した(?)とき、一番ふさわしい表現だったと、することかできる。(「南無三」のように)
だが「信管」という漢語を使った以上、火器がなくてはならない。
外伝は この世界はメートル法の世界であった。
本伝は メートル法ではない。
外伝 ケイロニアの皇女(グインの妻)は、グインを拒み続ける。
本編 つねに側でかまってもらいたがる。
等々、齟齬とその解決策を楽しめる物語である。
当時と設定が微妙に違って来ているし、、齟齬が出て来ています。当時は第二世代なんて構想の外だったんだろうし、、、ねぇ。8月刊行のグインの最新刊ではこのあたり、時代的にも近づいてきたし、あれこれ調整しているんでしょうかねぇ。
8月に新刊が出ますか。入院中に書いたものかな。それにしてもこの多作、驚きます。