2008年10月10日

史記の風景

   宮城谷昌光   新潮社   1997.3

 あとがきにこんな文がある。

学者によっては正確を期すあまり、あれはちがう、これは誤りである、というように文全体が否定形になりやすく、紙面が冷える。

 わたしは学者ではないが、「たくせんの中国世界」に武侠ドラマの話を書いていると、原作小説に比べたりして「あれはちがう、これは誤りである」と書くことが多いのだ。個人のメモを公開しているせいもあるが、確かに冷える。間違い探しにもなりかねない。しかし書かねば、あとで困る。どうしてと疑問が生じたとき、すぐに、また本を読み返すわけには行かないのだ。ドラマを見返すわけにはいかないのだ。
 この本もそれに近いのではないか。
 中国古代の歴史小百科事典。一つひとつ取りあげれば、単なる古代史の知識であるが、これだけ多いと、折に触れて読み返して、自分の知識を確認したくなる百科事典だ。

        sikinofukei.jpg
 いくつかの例をあげる。

王のシンボル
 漢王朝以来、皇帝のシンボルは龍だが、その前、周の時代は鳳凰のような鳥であった。
 「鳴かず飛ばす」という言葉がある。日本では芽が出ないという意味に使われるが、本来は「わざと愚かなふりをして人の心をためすこと」で、楚の荘王の故事による。荘王を鳥でたとえたのは、当時は東周の時代で、つまり鳳凰のような鳥が王の象徴だったからである。

消えた九鼎
 「鼎の軽重を問う」という言葉の鼎(三本足の大きな鍋のようなもの)は、周王朝が持っていたとされる九鼎で、これを持っている者が王とされた。周王朝が滅んだとき、九鼎は泗水(しすい)沈んだと言われている。秦の始皇帝が探したが見つからなかった。青銅器と考えられるが、土器ならば壊れてしまうこともあるうる。

高祖黄帝
 中国最初の帝といわれる黄帝は、春秋時代には記録にない。戦国時代斉の国の記録に初めて表れる。そのころ堯舜の前の帝王は誰か、という研究が集められ、黄帝が表れた。根拠はあったのであろう。だから想像上の帝王ではないかもしれない。

数の単位
 商(殷)の最後の戦いの時に、商(殷)は億万の臣がいるといわれた。ここで億とは万の上の位十万のことだ。百万を指すときもある。
 千は人のこと。万(萬)は蠍のことである。

 こんな話が、もちろんもっと詳しくだが、101篇ある。今回は再読だが、ほとんどは忘れてしまっていた。また十年後に読むかも知れない本だ。
posted by たくせん(謫仙) at 08:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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