2008年10月24日

柳家小三治

 先日、テレビ「真打登場」で柳家小三治の特集を放送していた。今年68歳。それを見ているとき鳥肌が立った。なんと薬の山。山のようなではない、文字通り薬の山だ。そんなに飲んでは薬に侵されてしまうのではないかと心配してしまう。「薬が主食、御飯はおかず」と言う。リューマチに苦しみ、それを薬の山でおさえて高座に上がる。
 高座では、脇に湯飲みがある。ふつうはそのお茶でのどを潤しながら話すのだ。小三治は漢方薬だ。あるとき、前座がそれを忘れてしまった。もう声がかすれてしまう。そのため演目は「死神」にする。声がかすれても、なんとか話し終えることができるのではないかと思ったのだ。あとで、謝る前座に言った言葉「楽屋では先輩の頭を踏んづけても……、高座で間違いがあってはならない」

 わたしが柳家小三治を寄席で聞いたのは二十年以上前である。わたしは池袋演芸場が改築されてからは、寄席に行ったことがない。参考山荘筆記02年−落語と談志
 その前は何度も行った。この時から小三治には注目していた。好きだった。その藝は地味で、相撲にたとえるなら、前頭筆頭でいつも技能賞候補といった感じであった。横綱大関ではない。小三治が出てくると、運がよかったと思うが、小三治を求めるわけではない。そんな微妙な位置関係にあったのだ。
 今回の放送で、二十年ほど前から病に苦しんでいたことを知る。してみると、わたしが知っているのは、病に冒される前の姿だったのか。わたしが寄席を離れている間、病に苦しんでいたことになる。
 そしてその藝には、うまいばかりでなく凄みが加わっている。高座の座布団に座り、「今日はね、噺もまくらもしたくない」 そう言っただけで、客席がワッと来る。
 あるとき師匠の五代目小さん(人間国宝になった)に噺を教わったとき、師匠に「おまえの噺は面白くねえ」と言われてショックを受けたと言う。間もなく真打ちとなった。これは五代目が評価するだけの力が付いたことを意味しないか。
 その時苦しんだあげく知った先人の言葉、「笑わすのではない。笑ってしまうのが本物の藝だ」。いまその境地に達しているではないか。
 全く寄席に足を運ばなくなったわたしが言うのは気が引けるが、いつまでも高座に上がっていて欲しい噺家だ。
posted by たくせん(謫仙) at 07:37| Comment(4) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
小三治師匠、中学生の頃から大好きです。
広島の片田舎に住んでた私が、たまたま電波の加減で
東海ラジオの深夜放送を聞き、週一回パーソナリティを
務めておられたのが師匠でした。
落語好きになったのも、小三治師匠の影響だろうと思います。

学生時代には、福岡で三人会があり、初めて生で聴きました。
そのあとは、時折テレビで拝見する程度。

ところが、一昨年、松山の子規記念館で、寄席があり、
抽選にもれて聴きに行けず落ち込んでいたら、
翌日私の職場を訪問されました。
すごい偶然で、遠くから師匠の姿を眺めて満足していたら、
私が師匠の大ファンだと言うことを
受付の女の子が伝えたようで、「それなら呼んで」と
わざわざ私を呼んでくださいました。

一緒に写った写真と頂いたサイン色紙は生涯の宝物です。
とても小柄ながら、一本筋の通ったお人柄がピシッと感じられる姿でした。
とても達筆・・・。

そのあと、花禄(小さんの孫)師匠のお弟子さんと知り合い、
小三治師匠はあまり色紙を書かないと聞きました。
ありがたいことです。

東京へ行く機会があると、寄席の予定を探しましたが、
なかなか師匠の出番にはめぐり合えず、
でも、なんと九月に松山で一門会を開いて下さいました。
もちろん聴きに行きましたよ。
まくらだけで、30分くらいあり、すごく嬉しい高座でした。
演目は「青菜」でした。
あの時飲んでおられたのも漢方薬なんですね。

もちろんあの日の番組は永久保存版です。

長々とすみません。
つい、力が入ってしまいました。
こんなとき、自分でブログを持ってると、ご迷惑かけなくてすむのかな・・・。
Posted by ちーねー at 2008年10月24日 11:43
ちーねーさん。
それはまた、素敵な想い出一生の宝になりましたね。
たまに東京にきても、なかなか小三治さんの高座は聞く機会はないでしょう。なにしろ十日間続けて出演することがほとんど不可能。なのに寄席はすべて十日単位ですから。
それでも年間200日くらいは高座に上がるそうです。それも地方が多いので、ますます東京の高座は少なくなります。

小三治さんの「青菜」、うん、わたしも二十以上年前に聞いたことがあります。おそらくあまり変えていないと思われます。古典にはあまり手を加えない方ですから。その分磨きをかける。
まくらだけで三十分。そうなんですよね。わたしが寄席に行かなくなったのはそのような噺が聞けなくなったのが理由。つまり十五分や二十分ではなかなか一つの話ができず、漫談ばかりになってしまった。寄席では落語を聞くことができなくなりました。でも池袋だけは例外で、きちんと短いなりに落語を聞くことができました。
今回の特集を見て、久しぶりに寄席に顔を出してみたくなったな。でも小三治さんに巡り会うのは難しそう。
 二十年もたてば、知っている噺家はほとんどいないでしょう。若い人が育っているかと思うとワクワクする気もあるンです。

それにしても中学生の時から、ウーン負けました。
Posted by 謫仙 at 2008年10月24日 19:02
小三治さんの舞台、もちろんのことながらテレビでもそうですが関西ではそうお見かけする事はないのですが、江戸の落語も上方の落語もどちらも一流のそれはとても楽しませてくれる芸術作品ですよね。巷では、全50巻の「ディアゴスティーニ」方式のムックが毎週出るのが話題ですが、小三治さんとかのも当然入ってくるんでしょうね。 
 その巻だけでも手に入れてみたいと思います。
Posted by 樽井 at 2008年10月28日 22:48
全50巻の「ディアゴスティーニ」
わたしはその手の情報は疎くて全く判らないんですが、全50巻の中にだれが入るんでしょうね。小三治さんは当然入るべき人なんですが、こういう企画をする人は、落語のことを知らなかったりして、売れるか売れないかで判断しかねない。

一流の噺家の落語は世界を作ってしまいますね。小三治さんも「技術ではなく、その人になりきる」という意味の発言をしています。
だから「いきなりこういうところをと言われてもできない」と。高座でその世界を作り、その人になりきると、自然に台詞が出てくる。
芸術の域に達しています。それか判らない人も多いのですが…。
Posted by 謫仙 at 2008年10月29日 08:48
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