2008年10月29日

紅塵(こうじん)

   田中芳樹    詳伝社   1993
 時代は、岳飛伝と重なる。同じ物語を見方を変えて、二種類書いたと思えばよい。
 おもしろさは同じ程度だが、こちらはお奨めである。中身が濃いのだ。

 南宋の初代皇帝の高宗は徽宗の九男である。兄の欽宗と父の徽宗は、靖康の難によって金に掠われ、九男は皇族の中でただ一人南に逃れて高宗となった。
 まだ欽宗は北におり、高宗の正当性は疑わしい。それゆえ兄が帰国することになれば、帝位を明け渡さなければならない。そのため救出に消極的であるといわれている。
 この当時、南に進軍する金軍を迎え撃つ南宋の将軍は、岳飛・韓世忠などである。
 これらの将軍は秦檜によって左遷され、岳飛は獄死したが、1155年、秦檜の死により復権していく。
 この韓世忠の息子韓彦直(かんげんちょく)を中心とした、抗金の物語である。
 母親の梁紅玉も女将軍として高名であった。二人で金の内情をさぐり、いずれこの国はクーデターが起こる事を見越し、金軍の弱体化を見抜く。
 金軍六十万に対し、二十万の南宋軍は、天然の濠、長江を利用し守る。このとき高宗は逃げ出すことばかり考えているが、皇太子が対決の意志を示し、杭州から前線の建康(南京)に移る。皇太子は後に孝宗となる。名君であった。
 クーデターにより、金軍は崩壊する。クーデターにより新たに金の皇帝となった世宋もまた名君である。
   …………………………

 疑問がある。
 山東半島の西南に海州という町がある。そこに魏勝という将がいる。
 長江の河口から北へ二百里、つまり約百キロほどのところでで韓彦直が戦っていると、その夜戦の火を見た魏勝が翌日来る場面がある。
 いま地図でみると、長江河口から海州まで約五百キロである。してみると、戦場から海州まで約四百キロということになる。戦火が見えたとしても、敵中をそれほど簡単に駆けつけることができるのであろうか。
 南京近くまで来た金軍は六十万のうち十万をさいて、海州を攻めるが、直線距離にして三百キロも引き返すものだろうか。何か錯覚がありそうだ。
posted by たくせん(謫仙) at 12:27| Comment(2) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント

はじめまして。最近ようやく読んだ作品ですが、なかなかに面白かったですね。

見所はいろいろですが、やはり最大のポイントは「岳飛だけが英雄では無い」というところでしょうか。
Posted by JIN at 2011年09月24日 22:15
JINさん
この時代、岳飛以外にもいろいろと英雄がいるということでしょうか。
岳飛にも欠点はある。
わたしは国力のない南宋が、秦檜の力によってなんとか独立を保った。それを邪魔する岳飛というイメージがあります。右翼の街宣車のようなイメージですね。

韓彦直はきちんと金の実情を調べ上げて対策をする。だから、国を保持できたことが納得できる。説得力のある小説ですね。
Posted by たくせん(謫仙) at 2011年09月25日 07:36
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