2008年11月01日

目線と視線

 最近、政治家が「国民の目線で……」という例が多いという。それについて、新聞で、芸能界では視線は誤解しやすいので目線を使ったのが一般的になった、と説明していた。
それを読んで、「国民の目線で……」は「国民の視線で……」の意味であると知った。わたしはいままで政治家の話を半ば誤解していたことになる。

 目線はまっすぐ前を見たときの視線。視線は実際に見ている対象と目を結ぶ線。というように覚えていた。
 これは三遊亭円生さんが、「高座に座ったときの目線…」という話から、目線の意味をそう説明していたのを覚えていたのだ。その時初めて目線という言葉を知った。

ネットの辞書を見ると、
視線:目の中心と見ている対象とを結ぶ線。見つめている方向。
目線:俗に、映画・演劇・テレビなどで、視線。

 とあってわたしの記憶と違う。

 考えてみると、政治家が「国民の目線で……」というのはおかしいので、気づくべきだった。「国民の目線だが、視線は中流・上流を見ている」なんて目線と視線を区別するはずがない。いや区別はしているが、それを国民に向かっては言わない。
 中流・上流に向かって、「目線は(顔)は庶民に向けていますが、視線(心)はあなたたちに向かっています」と言ったのなら話は判る。だが国民に向かって話している。だから、聞いている方は間違っていることを承知の上で都合よく解釈していて、話している方は間違いに気づいていないかも知れない、と思っていた。
 それが上の解釈では、目線も視線も同じ意味という。いつごろから使われた言葉なのだろうか。円生さんが間違っていたとは考えにくいので、言葉の意味が変わってきたのではないかと思われる。
posted by たくせん(謫仙) at 07:22| Comment(2) | TrackBack(0) | 言の葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
今は、選挙に目線が行っていますね。
国民の目線ということ自体が、なんとなく変ですね。
どの国民なのか・・・
言っている本人も国民ですから・・・
国民がなんなのか、わかっているのかなと
国民と庶民が同じだと・・・
国民のためにというのならわかりますか・・・

そして・・・
今後どうなっていくのか・・・
政治家の目線が気になりますね。
Posted by オコジョ at 2008年11月03日 12:54
言っている人は国民ではあるけど庶民ではない。この意味の差を、いい加減に使っていると思います。
わたしなど、新聞というフィルターを通した言葉しか伝わってこない。このフィルターがないと何を言っているのか判らない。

アメリカの大統領選挙では言葉の戦争。事前にスタッフが何度も添削を重ねるという。国民に将来に対する希望を与えます。
政治家の武器は言葉。せめて国民が耳を傾けるような言葉を発してもらいたい。その上で判断したいものです。
首相は国民による直接選挙によって選ぶしかないかなあ。新たな問題も怒りそうだけど。
Posted by 謫仙 at 2008年11月03日 19:13
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