2008年12月08日

山口6 萩・指月城(前)

 東萩駅は寂しい駅であった。山陰本線は、名前は本線でも実体はローカル線である。ちなみに東萩から長門方面への列車は一日11本、そのうち3本は土曜休日のみ。してみると、実体は一日8本である。
 10時12分の長門行きの次は16時18分、この間6時間以上列車は通らないのだ。益田方面も同様である。
 駅が求心力を持っていない感じがする。駅は後からできるので、街の外れに作ることが多いが、それでもそこから街が発展して、駅前が商業の中心地になるのが普通であろう。
 東萩の駅前は、ホテルなどが並んでいるが、そういう中心的イメージはない。

 東萩の駅に降りたときは、もう暗くなっていた。駅前にはよく付近の地図があるが、それが見つからず、駅員にホテルの位置を聞いてしまった。もちろん駅前である。
 安宿なので、サービスに期待はしていなかったが、部屋の暖房が石油ストーブなのにびっくりした。排気ガスが部屋の中にこもる形のストーブだ。石油のにおいがする。
 ストーブを廊下に出し、窓をあけ放して、石油のにおいが出ていくようにしてから、食事に出かけた。
 ところが駅の付近にはあまり食べるところがない。川を渡ったところに和食のファミリーレストランが一軒あった。ここしか食べるところはなさそう。入ると床がネチャッとして、靴が取られそうな気がする。従業員は感じないのだろうか。

 次の日は自転車を借りて、街の見物である。
 まず橋を渡り、右に折れて港に行く。

   PB101253.JPG
 写真のさらに左側の桟橋から、目の前にある島へ渡る船が出ているのであるが、時間がずれているのか、係員以外は釣りをしている人がひとり。

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 海岸通りを城跡を目指して進む。少し行くとシラスを干している現場を通りかかった。隣の建物で蒸気が上がっている。行ってみると、ゆであがったシラスが少しずつ出てくる。それを網に受ける。運ぶ。干し場に並べる。広げる。人手によるが流れ作業だ。

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 海に突き出た指月山
 萩城は、この指月山(しづきやま)の麓にある。別名を指月城と呼ぶ。関ヶ原の合戦で西軍の総大将だった毛利は、戦後、周防・長門の二国に削られ、しかも幕命で、萩を根拠にすることになった。僻地に遠ざけられたことになる。
 毛利家では新年の席で家臣が「今年は倒幕の機は如何に?」と問えば、藩主が、「時期尚早」と答える習わしがあったという。実際はどう言ったのだろう。

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 海岸通りから一本中に入ったところに、こんな白い屏の家が並んでいた。元は武家屋敷であろうか。

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 ここは堀割であろう。この右が堀内。萩の中心地は、海と川に囲まれた中之島のようなところ。北側が海。阿武川が、橋本川と松本川に分かれ街を挟んで海に注ぐ。そしてこの堀割の右が埋め立てによる城を中心とした地域。左側が庶民の街。
 舟の見えるところが観光舟の発着場。

 いよいよ指月城。往時は五層の天守を持つ城であったが、明治時代に解体されて、今は石垣を残すのみ。指月山の頂上にも出城があった。小規模のもので見張り用である。

PB101272.JPG  指月城の案内図 300Kあります。

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 石垣に立つアオサギ。大型の鷺である。青はブルーではなく、中間色全般を指したらしい。灰色も黒と白の中間色だ。

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 城の入り口、本来は普通の木の橋であったという。

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 この壕は内堀、向こうの石垣は天守台。今いるところは、外堀と内堀の間である。外堀は埋め立てられて今はない。

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 石灯籠のほとんどはこのように、どっしりとして太い。

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 城の奥庭であろうか。ここにもアオサギがいた。

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 ツワブキの園
 萩はツワブキが多い。

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 不思議な造形の切り株。手が入っているかも知れない。

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 天守台ははっきり残っている。どこでもそうだが天守閣は庭がないため、意外に狭い。こんな狭いところにあんな大きな建物が建っていたのかと、いつも不思議に思う。

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 石垣青く苔むして

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 石垣にも冬が近づいている。建物がないと、中国の城のような感じになる。中国の城は大きな屏のようなもの。
posted by たくせん(謫仙) at 08:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
切り株、象のかおに見えました。
つまらないところに感心する癖があります。

栄華の残り火を見るような気がします。
兵どもの夢のあとという感じがします。
風格を感じる城跡ですね。

旅の宿・・・
私も安宿ばかりでした。
手ごろな食堂が見つからなくて、コンビニ弁当を
一人寂しくなんていうことも多かったですね。
Posted by オコジョ at 2008年12月08日 10:48
オコジョさんもコンビニ弁当(^_^)。
わたしも萩の二日目はそうしたんです。そのことは後編に書く予定でいます。
萩の街は指月城跡以外はほとんど写真にしていませんので、観光もそこが中心になっています。みがいのある城跡でした。
あの切り株大きくて見事ですね。
Posted by 謫仙 at 2008年12月09日 06:54
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