2008年12月26日

山口11 赤間神宮

 唐戸桟橋で再び下関に上陸。
 ここから少し歩けば、赤間神宮がある。バスに乗るほどの距離ではない。

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 赤間神宮は平家一門の墓所がある。八歳で壇ノ浦に沈んだ安徳天皇の陵もあり、皇室に縁がある。
 元は寺であったが、明治時代に赤間宮となり、昭和になって、赤間神宮となる。大戦の空襲によって焼失、現在の建物は戦後の再建による。
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 水天門。この門が独特。竜宮造りという。赤間神宮では唯一と言うが、実はあちこちにある。
 子供のころに見た竜宮の絵は、まさにこのような門であった。乙姫様はチマチョゴリを着た若い女性。中国の服装とは異なるようだ。浦島の行った所は、朝鮮であったか。絵を描いた人の理想像がチマチョゴリを着た若い女性であったか。

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 社殿の中にはいることができる。中は回廊状態になっている。回廊部分は入れない。

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 真ん中の池を回る回廊の向こうは内拝殿。その奥、わずかに屋根が見えるのが神殿。

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 中から門を見れば、その向こうが壇ノ浦だ。

 平家一門の墓があり、耳無し芳一を祀る堂もある。
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  芳一堂

 入り口の箱に100円を寄附して、宝物殿に入る。宝物殿ではむかしの絵が展示されている。ただしほとんどは模写による再生画。その方が色が鮮やかで見栄えがある。

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 背後の山にも途中まで登ってみた。けっこう奥深い。そこで見つけた蔓草の実、なんだろう。

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こうして海に続き、この先は階段が水中まである。神は祭りの日に海から上がってくるということだろうか。それとも満潮だったから?

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 脇にあった像。安徳天皇を抱く祖母二位の尼のイメージか。母建礼門院のイメージか。
 壇ノ浦で入水する祖母二位の尼の最期の言葉が知られているが、いったい誰が聞いて書き留めたのだろう。(天問ふう)
posted by たくせん(謫仙) at 08:40| Comment(2) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
平家物語の壇ノ浦の話しは哀しさを伝えていますね。
それとは対照的に煌びやかなお宮ですね。
平家の全盛を思わせるようです。

竜宮城は確かにこのイメージですね。
私の記憶は羽衣と同じ衣装・・・

空想は夢があっていいのですが、
子供の頃に見た絵のイメージは何時何時までも残りますね。
Posted by オコジョ at 2008年12月29日 08:54
オコジョさんは、羽衣でしたか。わたしの見たのはチマチョゴリ。
いろいろな画家が描いていると思いますので、いろんなバージョンがあるのでしょう。
なぜか子供のころの古いことを良く覚えていて、最近のことは忘れることが多い。これも老化なのかな。
この赤間神宮は長い間寺だったといいます。きらびやかになったのは近年。
壇ノ浦というだけで、日本人には特別な思いがありますね。

祇園精舎の鐘の声 諸行無常の響きあり

祇園精舎には鐘がありませんでしたが、平家物語には響いています。
水に沈んだ平家を象徴する竜宮造りでした。
Posted by 謫仙 at 2008年12月30日 08:43
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