その日は同行者と京都駅で待ち合わせ、昼食後、会場行きのバスで阿含宗本山に行く。
そこの観戦は抽選であったが、わたしはその抽選日の前に家を出て山口を旅行していたので、抽選が当たっていたかどうか判らない。同行者のひとりが当たりの連絡を二通持っていたので、一枚をもらい入場した。
総本殿、大きな建物だ。
阿含宗と囲碁は不思議な取り合わせだが、官長の桐山氏が碁が好きで、早碁オープン戦を主催しているのだ。08年で15回目になる。
今回は、千寿会の講師で何度も指導碁を打って頂いている高梨聖健八段が、決勝に進出したので、応援に行ったのだった。
本殿の隣は庭園になっていて、きれいな紅葉が見られた。
去年は紅葉が遅れたという。おそらく、例年なら紅葉の真っ盛りであろう。
南国系の植物、蘇鉄であろうか。
順に右へ視線を移していくと、石段があって、その上に蝸牛庵がある。
ご存知のごとく、蝸牛とはカタツムリのこと。
ここで張栩(ちょうく、または、ちょうう)名人と高梨聖健八段の対局が行われている。それが本堂に中継され、王銘エン(おうめいえん)九段と青葉かおり四段が大盤解説をした。見入る人は200人を越える。300人もいたか。
足下照顧、清められた庭。だがわたしの心はとても清浄とは言えない。
一時、黒番高梨八段有利という、王銘エンの解説があったが、そこへ張名人の精一杯の踏み込み。高梨八段がゆるまず強く反発したのが、敗因になるとは。
この棋戦は優勝賞金1000万円。二日制で七番勝負の棋戦では4000万近い賞金が出るが、早碁一局で1000万円は、考えようによっては最高賞金ではないか。トーナメントであるので、前期優勝者も決勝戦一局だけというわけにはいかないが。
…………………………
この日は京都に宿泊。次の日は御所を見学した。
一般公開の最終日である。雨も降っているのに混んだこと。いい写真もなく、わたしが紹介するまでもないので、その話は省略する。
そうそう一つだけ。二人の女性像が碁を打っている場面があった。
この配石は碁ではない。日本の文化と謳いながら、御所に碁が判る人はいないのか。残念だ。
京都には本当にたくさんのお寺がありますね。
庭園がすてきですね。
ただ、蘇鉄は私好みではないのですが(笑)
京都御所の人形、確かに碁の布石とは似ても似つかないですね。
適当に置いたというところでしょうか。
早碁だと、私にもある程度理解できます。
通常のプロの碁ですと何故ここに打つのかな(笑)
阿含教なら上座部仏教の経典として知っていましたが、それがなんで密教と結びつくのか不思議です。
まあそれ以上は調べようともしませんでしたが。
あの碁、プロではありませんねえ。強いていえば中国の碁との違いを示した(^。^))
武侠の碁でも書いたように、中国でもこのあたりの扱いは出鱈目。見識を疑います。
去年の大河ドラマ篤姫で碁の場面が何回もあったが、あれは梅沢由香里さんが監修している。みばえがありました。
「スバ経」『原始仏典』春秋社、451ページ
また、修行者・バラモンたちのなかには信者からの布施を受けながら、次のような 賭博遊戯、すなわち八目
碁、十目碁、無目碁、石蹴り、駒抜き、サイコロ投げ、棒撃ち、手形当て、球遊び、 草笛、鍬遊び、ブランコ遊び、
〔ヤシの葉で作った〕風車遊び、物差遊び、車遊び、弓遊び、文字当て、考え当て、 身体障害者のまね遊びのような賭
博遊戯に専心しているものがある。しかしかれはそれらのどの賭博遊戯からも離れて いる。これがかれの戒律の一つである。
>阿含宗の教えである阿含経では出家および修行者が囲碁や将棋などすることは禁止されています。
ここで言う阿含宗とはわたしが書いている阿含宗のことですか。そうなると管長が自ら違反していることになりますが。
本来の上座部仏教なら娯楽的なものは一切禁止ですね。
ビルマの竪琴で、別れの場面で出家した水島が竪琴を奏でる場面がありますが、あれもあり得ないこと。著者は上座部仏教を知らないのではないかと言われています。
八目碁・十目碁・無目碁、これはなんでしょうね。名前のセンスからして、碁とは無関係でしょう。それはともかく、賭博ばかりでなく、ゲーム・芸術など、ここに上げられていなくでも一切禁止が戒律。本来禁止されるものではなく自ら戒めるもの。
そんなわけで、ここの阿含教が、上座部仏教の反対とも言うべき密教系というのが不思議なんです。