2009年02月08日

漢字の起源

   藤堂明保   1983.4   現代出版
 いささか古い本だ。おそらく内容も古くなって、訂正しなければならないようなところがあるかも知れない。
 これに先立つ10年前に同名の本を出版したが、それを大幅に改訂したという。新しい発見がいろいろあったのだ。10年でさえそうならば、それから20年以上経つ現在では、更に新しい発見があったことだろう。
 しかし、数式の定理と同じように、こういう本は時間が経過しても、価値はほとんど変わらないと思う。
        kanjinokigen.jpg

第一章 漢字文化の起源
 中国といえば、まず思い浮かぶのが黄河と長江であろうか。本来は河と江である。
 河は水と可で、可の本体は口を除いた形、それで黄河の曲がり具合を表したという。江は水に工、工は貫通すると言う意味。大陸を貫通する水である。
 こんなふうに漢字の説明をしているが、同時に歴史の本でもある。夏・殷(商)・周などの王朝とその意味を論じている。
 いまわたしたちは宮城谷昌光の小説によって、ある程度の輪郭をつかむことができる。その背景となる史実は何処まで判っているか興味深い。

 神話時代、伏羲と女か〔女咼〕が中国の大地を創造したという話がある。春秋時代に南方ヤオ族の神話を取り入れたのではないかと論ずる。
 夏王朝は実在したかは、今でも謎だが、それなりの文化はあった。仰韶文化や竜山文化だ。この時代は模様はあっても文字は無い。殷の時代は文字があった。甲骨文字である。
 夏の名は周の時代に付けられたようだ。夏王朝の初代は禹と書かれている。この字は蛇がとぐろを巻いている形である。ここから夏王朝を推理する。そして南方越族の龍神信仰が北方に伝わったものと結論する。
 堯や舜も論語によって創作された人物ではないかと。

第二章 漢字の成り立ち
 今日は文字というが、古代は文と字を区別した。
 模様を画くように描いたのが文であって、すなわち紋である。たとえば月・日・上・下など。
 その文を組み合わせたのが字である。信・武・江・河など。下の1・2が文、3・4が字である。
1 象形文字  日・月
2 指事文字  上・下
3 会意文字  信・武
4 形声文字  江・河
5 仮借文字 当て字 我(ほこ → 一人称)
6 転注文字 意味が変わったもの 令(人を集めて伝える → 長官)

第三章 漢字歳時記
 いろいろな文字について、説明している。
 南という字は、入れると言う意味があって、南・納・入は同系の言葉だとか。
 菊の下の部分は、掌を曲げてすくい上げること。してみると一掬の涙とは大量の涙であろうか。
 麦と来は同じで、だから麦は遠くからもたらされたものであろうとか。
 結婚の婚は黄昏の昏で、暗闇のことだとか。
 こんな蘊蓄がいっぱい。

 民という字は目を針で突かれて見えなくなった人、つまり奴隷のことであった。
 バブルのころ、日本の八十パーセントだが九十パーセントだかの人が自分は中流だと思っていたという話がある。
 わたし(謫仙)は自分を残りの二十パーセントに属する民だと思っていたが、奴隷ではないので、民ではないということになるのか(^。^))。
posted by たくせん(謫仙) at 07:16| Comment(6) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
面白そうな本ですね。
私も二十パーセントに属していました。

折角の歴史のある文字なのに、中国では略字が多くて、
もっとも日本の漢字もだいぶ簡略していますが・・・
漢字を書いてもつうじなくて困りました。

韓国は、自分の名前も書けない・・・
最近は見直されているようですが・・・

韓国で泊った町はサンボンというのですが・・・
漢字では山本です。
でも、ハングルか英語でしか表示がありませんでした。
Posted by オコジョ at 2009年02月08日 12:39
オコジョさん。
中国の略字は、少し仮名化しているようです。本来の漢字の意味が必ずしも通じるわけではない。それも言葉の進化なんでしょうね。
日本は訓読みと送りがながあるため、却って漢字の本来の意味が残りやすいとか。
朝鮮語では、訓読みや送りがながないため、漢字がなくなっても日本ほどは困らないようです。韓国では少し残っているようですが、どうなんでしょう。見直して漢字を復活させるかな。むしろ日本のカタカナ語のような英語系の言葉が取って代わりそうな気がいます。
そうなると、朝鮮語と韓国語が別な言語になる可能性もありますね。朝鮮語の全く判らないわたしの書くことなので、深く考えないでください。
Posted by 謫仙 at 2009年02月09日 07:28
個別の文字を除けば、日中の漢字は通じると思います。

私も学校で簡体字だけ習いましたが、まったく習ったことのない繁体字を見ても何の字か自然に分かります。分からない場合もありますが、極わずかです。繁体字→簡体字の変更は一定のルールに沿っていますし、字形も大きく変化していないからだと思います。

日本語を勉強した時も、ほとんど抵抗なく順調にいきました。今の会社で、「日本語はまあまあだが、漢字が達人レベルだ」という定評があるくらいです。。。^^

ちなみに、一般の日本語にもかなり古い漢字が残されていますね。たとえば、「顰める」「頷く」「躊躇う」「箸」等。中国ではほぼ古文でしか見られない漢字です。言葉が進化していくに従って、それらの漢字は死語になってしまうかなと感慨無量です。
Posted by zhtfan at 2009年02月11日 17:44
日中の漢字は意味が似ていますが、最終的には別な字というのが実感です。
陳舜臣さんが言っていたのですが、我姓林は「わたしの姓は林です」と訳しますが、正しくは「わたしは林を姓とする」と訳すべきだと。姓は動詞のように訳すと。
似ているのですが、説明できない細かいところが違う。
まして、訓読みの言葉は、漢字本来の意味とはかなりのずれを感じます。
そうは言っても、実はわたしも簡体字を繁体字に直して、日本語で、意味を感じ取っています。(^。^))。
抵抗なく…というのは頷けます。
でも、中国語の先生は、「日本語の意味に引きずられないように注意してください」と言っていましたね。
今はその学習会とも離れてしまいました。
Posted by 謫仙 at 2009年02月12日 20:28
はじめまして
下記のブログで漢字を独自に解読しています。
ご意見ご感想をいただければ幸せです。

http://shoukei.blog65.fc2.com/

sachio43 より

Posted by sachioo43 at 2009年02月15日 09:24
sachioo43さん。この本を読まれたのでしょうか。
ご意見ご感想をいただければ幸せです。
Posted by 謫仙 at 2009年02月15日 15:08
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