射�G英雄伝

金庸 訳 金海南　　　徳間書店　　　１９９９
　中国人にとって射�G英雄といえばジンギスカンをさす。この物語はジンギスカンに見込まれた郭靖の物語である。
　　　　　　　　
　
　中国の北半分が金となった南宋の時代。杭州郊外の牛家村に全真教の丘処機が現れ、抗金の志を持つ郭嘯天・楊鉄心と知り合う。
　ここに金の王（皇帝の息子）が負傷して逃げ込み、楊鉄心の妻、包惜弱に手当てされ、横恋慕したことから悲劇が始まる。郭嘯天・楊鉄心二人の妻は共に身ごもっていた。
　金王は包惜弱欲しさに二軒の農家を襲う。郭嘯天は亡くなり、妻の李萍は蒙古に逃れ産まれた子を育てる。この子が主人公の郭靖。この郭靖がさまざまな試練を得て成長する話。ほとんどは１７歳から１９歳ほどの出来事。
　包惜弱は金王の王妃となり、子は金の王子として育てる。この子が楊康。楊康は両親が金王に殺されても、金の王子の身分を捨てられない。
　
　郭靖は、蒙古のジンギスカンに見込まれて、その娘で幼なじみのコジンと婚約するが、好きというわけではない。そして、中国に来て黄蓉と知り合い、その狭間で悩む。その間に武林のさまざまな名手と知り合い、絶技を教わり、当世随一の達人になる。
　登場人物などは別に紹介するが、黄蓉については特筆する。
　
　金庸の武侠小説には様々なヒロインが登場するが、私が最も好きなのが、ここに登場する黄蓉である。
　頭がよくてけなげで文武両道に優れ、となれば欠点がないようだが、黄蓉がひたむきに愛を捧げる男つまり郭靖が人生に不器用で、なかなかコジンとの縁を切れない。
　当時の中国での結婚は、愛は関係なく、両方の家同士で決めてしまったり、命令されたりして決める。黄蓉を愛していても、コジンつまりジンギスカンとの約束を破れない。亡くなった郭嘯天と楊鉄心は郭靖たちが生まれる前から、もし男女なら結婚させると約束したほど。その場合は生まれる前から婚約者がいたことになる。
　黄蓉は郭靖に裏切られたが、めげずにジンギスカンの一将となった郭靖を追って、酷寒のサマルカンドまで密かに同行し、何度も陰から参謀のように助けた。
　それでも願い叶わず、ついにあきらめて、サマルカンドからひとりで江南に帰ろうとする。その途中で病を得たり、敵に捕まったりして苦労するが、第二次華山論剣の時に、郭靖たちに助けられる。
　そしてようやく願いが叶うことになる。

　金庸は武術ばかりでなく、さまざまな愛の形も書き分けている。郭靖・黄蓉、楊康・穆念慈、周伯通・瑛姑、銅屍・鉄屍、黄薬師夫婦（黄蓉の両親）など、それぞれ特徴のある愛だ。

　十二世紀前半、宋王朝（北宋）は女真族がたてた金国に准河より北部を占領され、都を開封から江南の臨安に移した。これを「靖康の変」という。
　郭靖と楊康の名は「靖康の変」から取られたもので、名付け親は「全真教」の道士丘処機。
　金庸の小説はこのような異民族の侵略と、それに対する抵抗勢力の争いが多い。
　皮肉なことに主人公のいる漢族政権より、占領する異民族政権の方が優れた政治をし、漢民族の民衆にとっても異民族政権の方がありがたいということが多い。

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桃花島について
　海嘯で有名な中国の杭州湾、その湾の入り口に桃花島がある。舟山群島の一つだが、それなりに大きく、現在は人口は２万人ほど。
　この島の名を一躍有名にしたのが、金庸のこの小説である。桃花島はそのヒロイン黄蓉の故郷である。黄蓉はこの島で父親の黄薬師（東邪）と二人で生活していた。二人以外はとらわれの老頑童と聾唖の召使いたち。黄蓉はそんな中で育ったにもかかわらず、諸芸の達人となる。
　家出して（島を出て）活躍したのは、十五歳ころから。郭靖に恋したのは十六歳か。

　参考　たくせんの中国世界−射�G英雄伝
　　　　　たくせんの中国世界−桃花有情