2009年07月12日

論理で人をだます法

ロバート・J・グーラー  訳 山形浩生  朝日新聞社  06.3

 もちろん、騙されないように気をつけよう、と言っているのであって、こうやって騙せ、と言っているのではない。
 論理といえばなんといっても三段論法。
 わたしは数学の解法として習ったが、言葉も同じだ。ただ言葉の場合、言葉に引きずられて、論理が間違っていることもあり、それでも目的を達すれば成功ということになる。
 政治の世界ではこれは顕著になる。最近では小沢さんの資金問題があろう。小沢さんは企業献金禁止を説いたりしたが、「お前に言われたくない」と止まってしまった。
 ところが企業献金禁止という命題は、「小沢が言ったから、無視してよい」とはならない。
 反対意見に接すると、「そんなに日本が嫌いなら日本から出て行け」という反応がある。
 たとえば麻生さんとしよう。「麻生さんは間違っている」と麻生批判をすればすれば、「そんなに日本が嫌いなら日本から出て行け」。
 この論理のおかしさは、日本と麻生さんを混同しているが、とにかく批判は許さないという、目的は達することになる。麻生さんを天皇陛下や隣の叔父さんに替えて考えてみれば判りやすい。
 
   …………………………
 この本はアメリカの本で、原文は英語である。訳者はこの本を訳すとき、大幅に日本語に合わせて改稿している。特に英語の特徴による論理問題は省略したという。
 はじめに人の傾向を13にまとめている。
(1)自分の「信じたい」ことを信じる。
(2)自分の偏見や経験を、いろんなことに当てはめる。
(3)たった1回の出来事を一般化する。
(4)問題を分析している途中で感情的になり、自分の個人的な感情を、客観性より優先する。
(5)人の話を聞くのが下手。話の一部しか耳に入らない。自分の聴きたい部分だけ聞いている。
(6)後づけて理屈をつけて正当化したがる。
(7)関係あることと関係ないことを区別できない。
(8)目の前の問題から、すぐに注意がそれてしまう。
(9)ある問題のもたらす結果を、十分検討しようとしない。単純化しすぎる。
(10)外見で判断しがち。見たものを誤解し、判断をひどくまちがえる。
(11)そもそも、自分がなんの話をしているか判っていない。
(12)一貫した基準で行動することはほとんどない。根拠をきちんと検討してから結麺を出すこともまずない。
(13)言ったとおりのことを考えていないし、考えたとおりのことを言わない。

 どうだろう。わたしには心当たりのあることばかりだ。……の上もいくつか当てはまる。それでいながら、なんかアメリカ的な分類の気もする。

 感情的な表現・ほのめかし・論理のごまかし・無関係な話を持ち出す・話をそらす・あいまいさと不正確な推測・原因と結果の混同・単純化のしすぎ・間違った比較や対比・はぐらかし・なんのための議論かを考えよう
 などと分類し、沢山の例をあげ、その論理矛盾をついている。

「わたしを支持して、みんなに良いことをするか、それともわたしを支持しないか−そうなればもちろんひどい結果になります−そのどちらかをえらんでください」
 まるでその人以外は解決策を持っていないように感じるが、他人が持っていないとは言っていない。こんなことを言う人が解決策を持っているとは考えにくいが、それは別な問題。

「銃が不法になれば銃を持つのは犯罪者だけ」
 銃の禁止を防ぐスローガンであろうか。この言葉のおかしさは、銃の代わりに「麻薬」や「殺人」を当てはめれば判りやすい。

 さて三段論法について、わかりやすい例を。
1 全てのブルドッグは犬科の動物だ。
2 この動物はブルドッグだ。
3 したがって、この動物は犬科の動物だ。

 1と2が正しければ、3が導かれる。
 もっと複雑な場合、否定形かあるときなど、3が本当に導かれたかも判断する必要がある。1と2が正しいかどうかも判断せねばならない。

1 日本人は頭がいい。
2 謫仙は日本人だ。
3 したがって、謫仙は頭がいい。
 この間違いを指摘せよ。

 まず1と2が妥当かどうか検証しなければならない。
 さらに1と2から3が導かれるものかどうか。

 実際に言うときは、「謫仙さんは日本人なので頭がいい」と一言で言う。目的は「日本人は頭がいい」、と日本人の虚栄心をくすぐりたいのだが、それは表に出さない。
 複雑なものはまるでクイズだ。
 特に結論3が正しいと直感で判るとき、論理が正しいと思ってしまう。そこに落とし穴がある。1と2が正しいか検討がおろそかになっしまうのだ。そして本当に言いたいのはそちらだったりする。

 先日の新聞に次の見出しがあった。
   米ロ、核弾頭数 最低1500に
 論理で考えるなら一万でも十万でも「最低1500」の条件を満たしているが、これは「上限を1675〜1500に削減で合意」のニュースだ。論理では正しくなくとも、意味を取り違える人はいない。「いない」とは「少ないだろう」の意味で、これが判らない人はいないだろう。英語ではそうはならないようだ。

 そんなこんなで、読んでいて面白い本とはいえないが、読む価値のある本といえよう。
義務教育で身につけたい内容である。

参考: 前に雲外の峰−柳沢発言 という論理の問題があった。
    雲外の峰−白馬は馬に非ず も論理で考えればすぐ判ること。
posted by たくせん(謫仙) at 07:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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