2009年10月19日

空疎な小皇帝

   空疎な小皇帝 「石原慎太郎」という問題
斎藤貴男   岩波書店   03.3

 こういう本は、事実の積み重ねと、関係者へ迷惑(生存の危険)がかからないようにする配慮と、判りやすく解説することに、多大のエネルギーを使う。
 少しでも誤りがあると、そこを突かれる。
 逆に自己を宣伝する本は、意見なので、空疎なことを書いても書くこと自体は問題ではない。

 カバーに書かれた文の抜粋
 長引く不況で人々は英雄を求める。現実の石原像と、メディアによって増幅された石原像との乖離。石原現象に覆われた日本人の集団心理の前途。
   
 題名の「小皇帝」とは、中国の一人っ子政策によって引き起こされた現象をいう。
 ひとりの子供に、親二人・祖父母二人又は四人が世話をする。このような環境で育った子供が、世間知らずで我が儘になり、まるで皇帝のように、いつまでも自立できない状況をいう。
 石原慎太郎をみていつも思う、思いやりのなさや、反対意見を権力で押さえるやり方に、漠然と不安を覚えていたが、報道されなかったこともふくめて、それらを具体的に著している。
 ここでは、本を紹介するだけにする。   03.5記

   …………………………

 HPに載せてあったものの、ブログには転載せずに置いた。今回追記を加えてブログに載せることにした。賛否両論があろう。
  
追記: 銀行事業では一千億円もの損失を出した。その経営者は石原自ら決めたのだ。当時、すでに一般の銀行は回復してきていて、新しい銀行は意味がなくなり、経営は難しいと言われていたのを、強引に経営者を決めて始めた。案の定経営は破綻した。そして自分は被害者のようなことを言い出し、経営破綻の責任を当時の経営者に押し付ける。
 最近では、オリンピック誘致運動資金の問題がある。誘致には失敗し、150億円を無駄に使ったことになる。これは4都市が立候補し、3都市は落選することが決まっているので、落選したまでは仕方ない。立候補してしまった以上運動費150億円は仕方ないと思う。
 だがそのあと「財政再建の余剰分であり、東京の財政は痛くも痒くもない」と言い放った。そんな余剰分があったとは知らなかったが、あったとしても無駄に使える金ではない。
 しかも、当選した都市は不正行為で当選したような発言をし、逆に非難されている。その発言でオリンピック委員の心証を悪くし、次のオリンピックの立候補さえ難しくなってしまった。
 こうしてなんでも責任を他人に押しつけ、自分は責任を取らないのが、豪腕政治家といわれるゆえんか。
 わたしは石原慎太郎は天才的な人物だと思う。だがその能力を発揮するための素養に欠けている。そのためせっかくの天才的能力が、都民にとってプラスになるとは限らないのだ。惜しい人物である。
                  09.10記
posted by たくせん(謫仙) at 11:38| Comment(2) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
私もどうも好きになれません。
誠実さのかけらもないと、まともなことを言っていても、
反対したくなります。

天才だから、何をしても良いというものではないですね。
人間として・・・・
その評価が私は一番です。
Posted by オコジョ at 2009年10月22日 13:32
独裁者というのは天才的な人ばかり、だが目的がずれているため、成果が上がらない。
目的が問題なんですね。結局、目的と手段を取り間違える。目的が逆だったりする。だからオリンピック委員の心証を悪くしたり。
わたしのような凡人は、手段は思いつかないが、政治家の人間としての評価が高いと、目的が信頼できて、任せる気になる。
この点、任せる気になれない、典型的な人物ですね。
Posted by 謫仙 at 2009年10月22日 21:59
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