2009年11月25日

ガンダーラとマトゥラー二つの彫刻展

02.11.25記
パキスタン・ガンダーラ彫刻展・インド・マトゥラー彫刻展
 東京国立博物館 平成館
 本来これは一つの展覧会となるはずであった。ところが両国に争いが生じ、二つの展覧会としなければならなくなった。

 両地方の特徴には一目見て判る違いがある。例えばガンダーラ仏像はギリシャ彫刻のような彫りの深い表情で髭を蓄えている。しかし、この二つの彫刻展、どちらもほとんど仏像(及びその関連)であり、一つ一つは貴重なものであろうが、それぞれ全て似たような印象のものなので、いらだちを覚える。
 ウーン、以前はこのような気持ちになったことはなかった。どれもこれも見たことがあるような気がするのだ。そうすると前に見た物と比較して、あれのほうが良かった、などと思ってしまう。新たな感動が涌かない。
    
 ビデオで見ると、それなりの良さがわかるのだが、何か物足りない。感性が摩滅したのか。
 美術品を見る目と考古品を見る目は異なる。それが交差して、波長が合わなくなっているのだろう。いつの間にか、考古品に美術的な良さを求めてしまっている。
 1984年に「インド古代彫刻展」を見ている。このときは、一つ一つに感動しており、今その写真集を開いて見ても素晴らしいと思う。美術的に見てもレベルが高かった。

 見終わってから、一階にある「日本考古学」を見た。土器・剣・銅鐸・埴輪・鏡など、今までばらばらに見たものを一堂に納めてある。これがけっこう感動もの。一度波長が合うと、たんなる錆びた鉄板にも興味を持つ。

 というわけで、優れたものでも、似たようなものばかりだと、印象が薄くなる。
 全体的にはレベルは低くはないと思うが、ハイレベルな展覧会というのは躊躇する。ただし、このような傾向の展覧会を見るのは初めての方にはみる価値がある。日本ではなかなか見ることのできない像が並んでいたのだ。

09年:この後、このような展覧会を見ることが少なくなった。好奇心が摩耗したというわけではないだろう。
 興味の中心が変わってきた。金庸ドラマに焦点が移り、撮影地を訪ねたりしている。
 そして碁に夢中になったことが決定的。パソコンとインターネットの普及で、忙しい毎日を送っているため、このような展覧会に目か行かなくなったことが大きい。
 そういえば読書量もガクンと減ったなあ。
posted by たくせん(謫仙) at 11:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前: [必須入力]

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

認証コード: [必須入力]


※画像の中の文字を半角で入力してください。
この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/133855201
※ブログオーナーが承認したトラックバックのみ表示されます。
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック