2009年12月06日

夢熊野

紀和鏡   集英社   02.10
 二十年以上前、初めて紀和鏡の小説を読んだとき、男が女名で書いていると思ったほど。
 紀和鏡、女性だが文章やストーリーはまるで男性。デビューは1985年という。ということは、わたしはデビューのころ読んだことになる。
 何冊か読んで、その後全く名を聞かなかった。紀和鏡で検索してみたら、この本にぶつかった。
 厚い。普通の本の三冊分はありそう。上下二冊にすればよかったと思う。
        yumekumano.jpg

 熊野には、那智の大滝で有名な那智山と新宮と本宮という三つの聖地がある。併せて熊野三山という。本来別々な存在だが、協力して熊野を売り出す。束ねるのは熊野別当。
 熊野は上皇などの参詣が続き潤う。それは同時に、いざというとき味方せよ、という意味でもあった。しかし熊野も別当職を争い、一枚岩ではない。
 この当時、京都から熊野に行くには、大阪から田辺に出て熊野に行く。熊野街道だ。わたしは伊勢から行くと思ったが、この当時は伊勢の平氏でさえ、田辺を通る熊野街道であった。
  
 新宮に住む鶴(タヅ)といわれる巫女から見た、源平盛衰記当時の歴史伝奇である。
 熊野の別当を巡る争いは、日本のつまり京の争いの鏡であるが、逆に京を照らすこともある。熊野の争いが京の争いに大きな影響を与える。その中心は鶴(タヅ)であった。
 鶴は源為義の娘である。弟は鎮西八郎為朝と新宮十郎行家。母は熊野の最有力な巫女で竜田という。
 鶴の少女時代の不思議な体験から始まる。若くして夫を迎えるが、夫は将来の別当を巡る争いの布石で「通った」のであった。
 鶴も子供を産む。その一人が武蔵坊弁慶であった。
 保元平治の乱では源氏も平家も敵味方に分かれたが、熊野も敵味方に分かれた。そして平清盛を中心とした平氏が天下を取る。熊野別当も平家よりの人物がなる。
 鶴は男装し兵を連れて、京へ行くこともある。甥の頼朝や義経などの成長を見守り、弁慶に守らせて義経を奥州平泉に落としたりする。
 新宮と本宮と田辺の勢力争いは、常に巫女を中心として展開する。巫女の託宣こそ、熊野三山の勢力争いを決定づける。巫女のリーダーは鶴。それゆえ野心のあるものは鶴に通おうとする。通う、すなわち婚姻である。五十代になってもまだ二十代にみえる鶴は、時の実力者の子を産んで出家する。平泉の滅亡もみて、弁慶と義経の子の成長を見守り、ついに100歳を越えるほど生きたようだ。

 わたしが紀和鏡を男のようだというのは、たとえばこんな文である。頼朝は「義経が頼朝の許可なく院から位を貰った」と、追討例を出すが、ここでは次のようにいう。
「頼朝は個人ではない。北条という一族が頼朝を取り囲んでおり、それをひっくるめたものが<頼朝>だった。義経軍が強すぎて脅威を感じたのは、頼朝より彼らであったろう。」
 結局北条氏は頼朝を利用して源一族の力を削ぎ、実権を手に入れることになる。
posted by たくせん(謫仙) at 07:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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