天皇陛下は28日の園遊会の席上、東京都教育委員を務める棋士の米長邦雄さん(61)から「日本中の学校で国旗を掲げ、国歌を斉唱させることが私の仕事でございます」と話しかけられた際、「やはり、強制になるということではないことが望ましい」と述べた。
米長さんは「もうもちろんそう、本当に素晴らしいお言葉をいただき、ありがとうございました」と答えた。
中略
「日の丸・君が代」をめぐっては、長年教育現場で対立が続いてきた。東京都教委は昨秋、都立校の式典での「日の丸・君が代」の取り扱いを細かに規定し、職務命令に従わない教職員を大量に処分。99年に教育委員に就任した米長さんは、こうした方針を推進する発言を繰り返してきた。
これは朝日新聞のニュースの一部だが、都知事は「あれは強制ではない」と言ったそうだ。従わない教職員を大量に処分したことを、強制ではないと言うのも苦しいが、ここは将棋界のことを。
内藤国雄九段は棋士でありながら、歌手でもあった。
♪ あれは、お雪という女
は、ご存じの方もいよう。
この内藤九段が、ある日、テレビ局に行く途中、将棋棋士に会った。彼らは飲みに行こうとさそう。これからテレビ局で仕事だと言うと、
「そんなの電話をかけて断ってしまえばいいだろう」
彼らは現実の世界を知らず、テレビの仕事を宴会の余興程度にしか考えていないと、嘆いていた。将棋界全体にその傾向があるらしい。テレビ局では将棋を知らない歌手でも「将棋もがんばっくださいね」と声をかけられるのに比べての嘆きである。
それから長い年月がたつ。今度のことは、米長さんは、まだその状況から抜け出せないことを示している。若手はどうだろう。わたしは最近の情報には疎いのだが。
この点、碁界は現実的である。理由は簡単、そうでなければ生活できないからである。トーナメントで生活できるのは、ほんの一部。ほとんどの棋士はレッスンプロとして生活している。お客様には様々な人がいる。その仕事を余興程度に考えていては、その仕事をしているお客様が怒ってしまう。正しくは将棋や碁が人生の余興なのだ。この現実の認識が常識を育てる。