2009年12月13日

ある会計処理

05.12.8記

 変人奇人1 ある会計処理
 小泉首相のことを変人奇人という。それが正しいかどうかはともかく、わたしが仕事上で知った人には、変人奇人がけっこういる。その第一はわたしだが、自分のことは棚に上げて、何人かを紹介しよう。三回に分ける。もっとも事情が判ってみると、変人奇人というイメージではない。

 わたしが経理の仕事をしていた会社がある。その会社の社長は経理のことを知らず、税金減らしのために元税務署員を経理責任者に雇った。ところが結果的に、150人ほどの会社で、20人分ほどの賃金に相当する金を毎月使われてしまった。それなりの金額が、社長の懐にも入ったのだが、それはまともに経営すれば入る金額より少ないのだ。
 社長は食い物にされてしまったことに気づき、わたしを経理部員にした。そして元税務署員を解雇し、責任者に公認会計士を依頼し、経理の改革を考えた。わたしには会計士に全てを話しなさいと言う。
 結果、決算では年間利益200万円の会社で、◯億円という追加の税金を払うことになり、裏の金も表の金もスッカラカンになってしまったのである。
    
 怒ったというか呆れた社長夫人が、経営者の一人として経営に口を出すようになり、リストラを敢行し、出るところを締めて経営を立て直した。無駄をなくせば儲かる会社だったのだ。それでいながら、慣れてくると、わたしには不正経理処理を要求した。もちろん会計士が見ればひとめで判るものである。やめざるをえない。わたしは拒否した。それからは、わたしと経営者の仲は少しづつ悪化した。
 たとえばある処理を要求された。
謫仙  「ここは会計上こう処理をしなければいけません」
社長夫人「わたしが、そう処理をするためにあなたに給料を払っているんです。あなたがわたしに給料を払っているのではないのだから、わたしの言うとおりにやりなさい」
謫仙  「そうですか」
 優秀な経理員ならきちんと説明し説得するところだが、あいにくわたしは優秀ではない。
 この件については、経緯を伝票の裏に書いておいた。あとで間違った処理をしたと糾弾されないためである。
 結局、会計士の前で糾弾されたが、裏に経緯を書いてあるので、会計士は逆に社長夫人をたしなめる事になった。
 そのあと、伝票の裏に経緯を書いておいたことを糾弾されることになる。
「会社の恥を外に漏らすとは何事ぞ」だって(^。^)。

 ここまではまだよかった。ここで会社経営の味をしめた社長夫人は、自分で会社を起こしたのである。十数人の工員を雇い会社を始めたが、たちまち倒産してしまった。
 その理由がなんと「売上」がなかったのである。出るを制することを知っていても、収入を計ることは知らなかったのだ。会社を起こすと自然に収入があると思っていたらしい。営業員が一人もいない会社である。もちろん、裏ではそれなりの話もあったのだろうが、営業を知らない社長夫人には、それを形にすることが出来なかった。
 結局、会社を再建した利益を、その新会社でそっくり失ってしまった。そのころわたしはその会社を辞めたのであるが、二年後には、わたしの知っている人はほとんどいなくなってしまった。特に営業がいなくなってしまった。
 間もなく会社は更に小さくなったという話を聞いたが、その後20年ほどで倒産した。20年、よく保ったと言うべきであろう。
 仕事の縮小にリストラが追いついていたのだが、あまりに小さくなって、産業構造の変化を吸収できる人がいなくなってしまったと思われる。親会社が海外に工場を移し切り捨てられたのかも知れない。
posted by たくせん(謫仙) at 07:51| Comment(0) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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