2009年12月23日

王唯任老師

04.7.19記
 
 昨日は千寿会へ。千寿先生は洋行中で参加者が少なかった。自由手合いはうまく打てたが指導碁は王先生にバラバラにされてしまった。
 なお王唯任四段は台湾の出身で現在はプロ棋士であって学生。碁に関する研究論文を書き上げたという。近いうちにそのダイジェストが千寿会のHPに発表される予定。桜美林大学(東京・多摩市)で修士課程に在籍する。
 日本の棋士は高学歴の人はほとんどいない。珍しい方だ。学校に時間を割いて碁の勉強時間を削っては、大成は難しいのだ。二次会では台湾の話で盛り上がったりした。

追記
 王唯任老師 nin好
  「情報化社会と囲碁の多様性」は、当然とはいえ、インターネット碁に言及していますね。わたしにとってネット碁と対面碁は明らかに別なゲームです。
  「face to face」は千寿先生がわたしを千寿会へ招いたときの殺し文句でした。この忙しく時間のないときに、対面して碁を打つのは「最高の贅沢ではないかしら」
  当時ネット碁ばかりで手が荒れていたわたしは、その言葉につられて千寿会に参加しました。
  千寿先生は、手段ではなくて、基本的な考え方を教えてくれたものでした。考え方さえ正しい方向に向いていたら、手段は間違っても問題は小さい、という考え方です。もちろん今でも同じです。
  先生の薫陶により、一年ほどして、ようやく昔日の最高のレベルに戻りました。そしてさらに半目はアップしたのではないかと思えるこのごろです。
  そんなわけで、わたしにとっては「face to face」は金言でした。
  さて、先日、話をしました山西民歌ですが、余秋雨の「山居筆記」のなかに、次のような歌がありました。
    走西口
  哥哥ni走西口
  小妹妹我実在難留
  手拉着哥哥的手
  送哥送到大門口

    〜
  こうして新妻を残して青年は商売のため旅立つのでした。
  ある青年はそのまま帰らず、新妻は妊娠していて、子が生まれました。その子が大きくなって父親探しの旅に出ました。吉林省のある町で、同郷の人に会い、言われました。「君の父親は7年前に亡くなったよ」

  わたしにこの本をプレゼントしてくれた、鈴鹿に留学した西安の女子学生は、「山西商人は松坂商人みたいです」と言っていました。
  碁には関係ありませんが、わたしの弱い脳筋では、次にお会いしたときに説明できませんので、書いておきます。
 祝身体健康
                            謫仙
posted by たくせん(謫仙) at 08:48| Comment(0) | TrackBack(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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