2007年03月02日

日本語と碁

04.9.7記
   
 昨日は久しぶりに千寿会に出た。例年、千寿先生は、夏は子供の指導中心になるため、八月は一回だけだ。それも越後湯沢での合宿を計画していた。それが千寿先生がフランスで足を骨折したため中止になった。代わりにいつものように数寄屋橋での例会。
 わたしは湯沢の会に合わせて休みを取っていたので、山形旅行をして、その例会は休んだ。今回一月半ぶり。
 前回は濱野さんと打って打ち掛けで終わったので、今日は再戦。一勝一敗。(濱野先生は日本出版美術家連盟会長であり、無名ではないので、匿名にしません)
 講義のとき、千寿先生が、日本語の良さという話をしたのでびっくり。日本語の考え方と碁の考え方が合っているのではないかと。
 YES NOばかりではない、いい加減さがいい。いい加減とは本来いい意味ではないか。ちょくちょく欧米に指導に出かけている棋士ならではの発言であった。
 続いて中国や韓国ではどうか、なんて話になって、いきなり「謫仙さんどうですか」と話をふる。訊かれても、わたしの中国語の理解程度では、判りませんって。
 こういう話は、参考程度に聞くべきであろう。根本はそんなことではないことを皆知っているのだから。
 たとえば、見返り。つまり収入だ。中国ではトップ棋士になると、長者になれる。英雄になれる。ある中国人が、日本に来て驚いたこととしてこう言った。
「オリンピックでメダルを取った人が普通の生活をしている。働いている」
 これが中国人には信じられないことなのであった。

 濱野さんと話をしたとき文壇碁の話が出た。江崎誠致さんの文に、「濱野は小林千寿三段に教わっていて腕を上げたという」なんて文が出てくる。それを思い出した。
 その後、絵の話になり、
「絵は個性が大切だ。素人でもわたしよりうまい絵を描く人はいくらでもいる。しかし個性がなくては売れはしない」
 碁でも、独りよがりにならないように気をつけての話だが、個性のある碁を打ちたいものだ。
posted by たくせん(謫仙) at 09:32| Comment(0) | TrackBack(0) | 千寿会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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