2009年12月26日

涼宮ハルヒの憂鬱

谷川流   角川書店   03.6
        haruhi.jpg
 2003年のスニーカー大賞受賞作品である。もう6年も前だ。
 わたしは樽井さんのブログでこの本を知った。気 にはしていたものの、求めるほどではなかった。先日、古本屋で見つけて買ってみた。
 表紙の様子からは思いもよらない、本格的なSFではないか。わたしの求めていたSFだ。久しぶりにSFを堪能した。
 最近のSFは観念的で、言葉だけで実体がないような小説が多く、わたしは遠離っていた。金庸小説がその代用となっていたともいえる。武侠小説はSFなのだ。

 主人公は名前がない。キョンという情けない名前で呼ばれていて、最後まで本名が出てこない。キョンの一人称による、涼宮ハルヒの話である。
 高校一年の自己紹介で、ハルヒは次のように言った。
「ただの人間には興味がありません。この中に宇宙人、未来人、超能力者がいたら、あたしのところに来なさい。以上」
 真剣にそう思っていたのだ。そしてただの人間には没交渉であったハルヒが、キョンとは話をするようになる。
 そうして非常識な話が次々と起こっていく。
   
 著者の名は谷川流(ながる)
 かなり前だが、中島梓(栗本薫)が小説道場で、「このような親が絶対付けないような名前はやめなさい。ペンネームくらい魅力的な名前を考えなさい」と言っていた。
 ところが今では、そのような名前が多い。わたしは仕事で子供の名前に接することが多いのだが、漢字を見ただけでは絶対読めないような不思議な名前がなんと多いこと。蘭夢でラム、愛奈でマナというような、親の常識を疑うような名だ。
 その流れでいくと流(ながる)はけっこうまとも。名前となれば「ながる」と読むであろう。それで「ハルヒ」も受け入れられる。サブキャラの「朝比奈みくる」という名もなんとか。

 読み出してまず、センテンスの長さに驚いた。一行41字の最初の10行で「、」と「。」が3個づつ。それで読みにくいかというと、そんなことはない。
 ところで「何気にそんなことを言い出す谷口。」という文にぶつかった。「何気に」を地の文に使ったのを初めて見た。もちろん会話でも使ったのは読んだことはないが、会話なら驚かない。
 どんな意味だろう。
「何気なく」というのが近いか。「何の気で」「何の気に」というような意味ではない。「どうしてか」ではないだろう。いまだわたしはこの言葉の的確な意味や使い方が判っていない。
posted by たくせん(謫仙) at 07:59| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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