2009年12月30日

たとえ

「たとえ」はいろいろな意味がある。
(1) 例えば:例をあげれば・いってみれば・たとい
(2) 譬える:他の物事に擬していいあらわす
(3) 仮令(たとえ・たとい):もし・かりに・もしそうだとしても

インターネット辞書の例。
(1) このごろはみんな怠けている。例えば君だ。
(2) 命のはかなさは例えば蜻蛉(かげろう)のようなものだ。

(3)の「たとい」は現代文では使わないが、同じ意味の「たとえ」なら言う。
 たとえわたしが千年勉強したとしても、プロ棋士にはなれないだろう。
 なぜこんなことを言い出したのかといえば、わたしがはっきり区別できていなかったから。自分でこうして書いてみると、意味がはっきりしてくるのだ。
    
 某所である論争をしているのを読むことがあった。具体的な例はあげないが、Aは法律のセミプロ、Bは素人。
 法律問題は解釈によって違った結論が出る。違った法解釈が成立する余地がある。
 素人感覚では「おかしい事」を、Aは法律解釈ではこうなると説明しようとするのだが、素人相手には難しい。易しく言おうとすれば、無理が生じる。その無理を攻撃される。
 Aが、最低限これくらいの知識は欲しいというと、Bは「それじゃ説明になっていない」
 譬えは、譬えた範囲しか意味がないが、譬えの範囲外の欠点を攻撃する。
 例にするとき、別な場所では反対の例にも使うと、「前には逆に言っていた。都合によって意味を変えている」
 知らないと言われて、それの書かれたサイトを紹介すると、「説明できないから、逃げている」
 こんな感じで二人の論がかみ合わない。論戦になっていないと言うべきか。「議論の方法」の争いになっている。
 この論争、たといBが勝ったとしても、Bの説が正しいとは言えない。

 わたしはできるだけ「譬え」は使わないように書いているが、それでも自分で気がつかず使っていることがある。譬えの難しさは、前にも書いたことがある。柳沢発言
「例え」は、あることを判りやすく説明するためのその場限りのもの。別な場では、別な例をあげたり、別な事例では逆の例に使ったりする。そうなると悪意の人からは反論を招きやすい。
 例は相手への配慮ばかりでなく、相手を攻撃するために使われることも多い。
 前に紹介したことがある本、論理で人をだます法 でも悪意のある「例え」の使い方を上げている。
 こう書いただけでも、悪意の人には、「書いてある場所を示すだけでは、はぐらかしだ。その例をここに書け」と言われそう。
 とにかく、「例え」は難しい。気配りのない例えは、却ってものごとを判りにくくする。それが本当の狙いなら始末に負えない。
posted by たくせん(謫仙) at 08:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 言の葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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