2010年01月24日

首塚巡礼 花魁道中

紀和鏡   現代書館   1998.6
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 東国の首・熊野の首・吉野の首・鬼の首・上方の首・鎌倉の首
 各地の首塚やそれにまつわる話を伝奇的視点で取りあげる。
東国の首では、
 白く発光した将門の首は、京の空を飛び越え山野を越えて、はるばると故郷の関東平野に戻ってきた。落花したところが海際の原野、今の大手町だった。

 都心大手町の一画に平将門の首塚がある。この由来と関連する歴史や人々に与えた影響などを細かく解説している。
熊野の首は前に紹介した「夢熊野」の現地調査のようだ。神武天皇も熊野の力を利用して大和に入っている。
 吉野はもちろん南朝にまつわる話が多いが、記紀神話も詳しい。
 鬼の首は酒呑童子や茨木童子など。
 平安遷都といえば素晴らしいようでも、背景はさまざまな犠牲者がいる。桓武天皇の強引さによって、都では怨霊だけでなく、浮浪者となった生きている人々の怨嗟が満ちている。それらが鬼となるのだ。
 古代から現代まで、死者には特別な意味がある。特に首と胴が離れた死者は呪術的な意味あいが濃い。
 そんな紀和ワールドともいえる世界の紹介である。

 花魁道中では、吉原・須崎・玉ノ井・千住柳町の昔を訪ねる。生き証人も少なくなったがまだ残っていたころ、話を聞き現地をリポートする。
「…この辺りに骨が埋まってて。ここんとこで身投げしたのが、下げ潮だと、海へ死体が流れるでしょ、そうすると水門に引っかかるんです。その先に、水門跡があります。それでね、未だここで人が死ぬんですよ。ここで首吊る人が多いんですって。大きな木の所でね。何人かいた。こどもたちが朝、公園通って通学してると、首吊りを見かける。…」
 海に身を投げた遊女たちの身体が留まった場所での話である。
 夢熊野に書いたが、紀和鏡の筆はまるで男のようだ。このような話ではそれが生きてくる。感傷的に深入りせず、そのまま客観的に書くため、背景の重さを感じる。今でも形を変えて、物語は続いていることだろう。それは他の作家が書いている。
posted by たくせん(謫仙) at 10:03| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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