2010年02月08日

漢字と日本人

高島俊男   文藝春秋   01.10 
        kangitonihonjin.gif
 文字は話す言語を表記するためにできた。言語が先にあった。
 漢字は中国語をあらわす文字である。中国では中国語が先に存在した。もちろん今の中国語とは違うが、特徴は同じであろう。中国語の単語は一音節で語尾変化がない。その中国語を書き表すために発明されたのが漢字である。これは中国語にぴたりと一致する。

 日本語は未熟のうちに漢字を取り入れた。日本から見える世界には文字は一種、漢字しかなかった。発音も文法も単語の意義も全く異なる日本語には、漢字は向かないのであるが、しかし、漢字しかないため、漢字を取り入れて日本語を表記ざるをえない。この難しさは、英語を漢字で表記するようなものだ。
 漢字が入ると、新しい言葉も入る。それまでの日本語にない言葉だ。それによって、日本にない新しい概念ができる。例えば、義・理・徳・賢など、それまでの日本にない言葉であり、漢字に意味がついている。そのため、言葉が漢字に沿って発達した。漢字の助けを借りなければ言葉が通じなくなっている、世界でも特異な言語である。
 それでも、訓読みをしたり万葉がなから始まるかな文字を作ったりして、江戸時代まではなんとか漢字なしでも会話ができた。
  
 明治になって、西洋語を取り入れた。その時は発音は気にせず、意味のみを注目して新語を考えたので、会話だけでは意味の判らない言葉が続出した。例えば「コウコウ」と言っても意味は判らない。漢字を伴ってはじめて意味が判る。
 がな表記をしようという団体もあった。ところが、かな表記では意味が通じない。今では意味が通じるのは、そのかなの後ろの漢字を読み取れるからであり、漢字を知らなくなると、かな文の意味は判らないという状況にある。
 例えば「キシャのキシャ、キシャでキシャ」と言うように。これは瞬間的に背景にあるにある漢字を思い浮かべて、意味を解釈する。漢字を知らないひとに意味が判るだろうか。
 そして戦後の国語改革の愚かしさも、具体的例をあげて説明する。
 中には賛同できないこともあった。わたしがこの本を初めて読んだときからすでに10年たつ。この間のパソコンの、特にワープロの発達はめざましい。漢字制限廃止など、賛同できないことの多くはワープロで解決する。ただし全てを旧字体に戻すのは賛同できないし、かな書きなどは今のほうがいいと思う。発音とは違うかな書きは漢字を書くより難しくなる。

 実は言語というのは、その言語を話す種族の世界の切り取り方の体系である。だから話す言葉によってその世界のありようが異なる。言語は思想そのものなのだ。例えばbrother,sisterにあたる言葉が日本語にはない。

 英語は男女を区別し日本では男女長幼を区別する。世界のとらえ方が違うのだ。こんなことが全てにわたり、言葉を置き換えただけでは正しい意味にはならない。
 こんな風に、日本語と漢字の特徴や歴史を解説している。

参考 :簡体字 −漢字は必要か−   ゴシップ的日本語論
posted by たくせん(謫仙) at 07:49| Comment(4) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
言葉は生き物・・・
古文書はまず読めない・・・
そして読めても意味がわかりません。
勉強不足なのですがね。

言葉は人と時代によって変わっていくもの。
でも、最近のカタカナのそして短縮言葉の氾濫は
言葉は変ってほしくないと叫びたくなります。
もっとも、そうした、言葉は淘汰されていくのですが・・・
それにしても、中高年のおばさんがこうした言葉を多発すると、
日本は上手に漢字を使ってきたのに・・・
この国の言葉はどうなるのだろうと・・・
Posted by オコジョ at 2010年02月08日 20:17
面白そうな本ですね!

音読みに訓読みを作ったりして、
漢字を上手く日本語に採り入れた日本人というのは、
大したものだなぁと、思います。
その分、法則性が見出しにくい気がして、
外国人には習得が困難とされているようですが。

Posted by 阿吉 at 2010年02月08日 22:14
オコジョさん
古文書は専門家が読めればいい。もちろんわたしたちが読めればそれに越したことはないのですが。
で、専門家が解説した本をわたしは読む。
新しい言葉は、なんとか覚えないと意志が通じなくなりますね。一過性の言葉はかまわないのですが、かなり定着してきます。変化が激しすぎますね。

いま読んでいる本はもっと衝撃的なことが書いてあります。日本人に日本語が通じなくなっている。
かなり前に分数の判らない大学生の話があって驚きましたが、いまの大学生の英語能力は数十年前の中学二年なみだとか。高校受験でも合格しないレベル。そして国語能力もそのようなレベル。あまりにもひどいので国際的に問題になっているとか。
つまり学士としての質が低すぎて、日本の学士は信用できないと。
この話、どこまで真実なのか。確認できませんが、本だけでも紹介しようと思っています。
Posted by 謫仙 at 2010年02月09日 19:18
阿吉さん
訓読みとかなは、日本の文化レベルを大幅に引き揚げるのに役に立ちましたね。
女性の書いた小説源氏物語など、中国では考えられませんもの。
ただ漢字にそって発達したので、漢字がないと意味が判らないというのは、外国人には判りにくいでしょうね。著者によれば、日本語だけだとか。

日本語に関して著者のレベルは高いのですが、多少象牙の塔の中の話になることがあります。理論的には間違っていて、誤用が通用してしまって別な意味になってしまった言葉。それをなかなか認めない。実はわたしもその傾向があって、それで気に入っているのかも知れません(^_^)。

Posted by 謫仙 at 2010年02月09日 19:32
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