著者の北森鴻(きたもり・こう)は今年の1月25日に心不全で亡くなった。48歳という若さだ。わたしは特に贋作つくりと戦う骨董師の「冬狐堂」シリーズが好きだった。それ以外にも民俗学探偵のシリーズや裏京都シリーズを読んでいる。

この本は香菜里屋シリーズの完結編である。
マスターの工藤が作るちょっとした(これがたいしたもの)料理とアルコール度数の異なる4種のビールが自慢のビアバー香菜里屋。工藤は持ち込まれる謎を解くのを常としていた。ある日、三軒茶屋にあるこの香菜里屋がなくなった。
いつもこの香菜里屋を利用していた他のシリーズ(冬狐堂とか)の常連たちが語る「わたしと香菜里屋」。それによってマスター工藤の過去が浮かび上がる。そして行方不明とはいえ、幸せな生活を手に入れたことを暗示して終わる。
工藤が香菜里屋を開いて十数年。行方が判らなかったかつての恋人香菜から緊急の連絡が入ったのだ。
著者は調理師の免許を持っているらしいというネットの噂もあるように、出てくる料理の蘊蓄は間違いなくプロ。
わたしはこの香菜里屋が好きなのは、この本には出てこないが、出されるビールがうまそうだと言う理由もある。ビールは最初の一杯がうまいといわれるように新鮮さが命。工藤は小さなビールグラスに注いで出す。ビールが出たら客は、話をやめてビールを飲むことに専念する。一呼吸おくと、工藤は残っていても下げてしまう。
「死んだビールを飲んでいるのを見るのはつらい」
まだ欲しい人には新しいビールを出す。間違っても面倒だからピッチャーで出すなんてことはしない。
わたし(謫仙)はピッチャーで出されたビールはあまり飲みたくない。不味いことが判っているからだ。しかし半分はこの小説の影響がある。こうして美味しいビールの飲み方を知ってしまったから。
骨董師のシリーズも玄人裸足の蘊蓄がつく。各シリーズは関連していて、登場人物がみな香菜里屋に集まってくる。他のシリーズのいくつかを読んでからこの本を読んだ方がおもしろいだろう。
こうして完結編が出たということは、もしかしたら著者は先の短いことを自覚していたのかも知れない。


私の東京時代の懐かしい町です。
買物は三軒茶屋で、ここからバスに乗って3年間通勤しました。
でも当時は、東京の田舎町という感じでしたね。
こんなハイカラな店はない、庶民の町でした。
ビールというとドイツを思い出します。
レストランは生ビールが原則・・・
頼んでも、泡を切ってくるので、注文しても10分くらい待たないと
持ってこない・・・
半分くらい飲み終わったら注文しないと・・・
飲みかけを持っていくことはありませんでしたがね。
この本でも、渋谷に近い開発の遅れた地域という意味の言葉がありました。正確な言葉を忘れましたが。
それが近年急に開発され、洒落た所になったという。
店も気取った店ではなく大衆的な店なんです。著者とわたしでは大衆的といってもイメージが違うと思います(^。^))。さすがに、下げちゃうのは小説だからで、実際にそんな店があるかどうか。なんかおとぎ話を読んでいるような錯覚を持つ店です。
友達を連れいいってみたい気がしますよ。
ドイツは本場ですから、そんなきざなことはしないんでしょうね。