唐が事実上滅んだ唐末、各地に群雄が割拠した。結局全土を統一する者があらわれず、唐が滅び五代十国の時代となる。その最初の有力者が朱温(朱全忠)だ。
前に紹介した、「夕陽の梨−五代英雄伝−」は朱温(朱全忠)が頭角をあらわすまでだが、この本は、その後を加えて改題したもの。三倍程度の長さになった。題名は「朱温」だが、これこそ「五代英雄伝」と言うべきだ。「夕陽の梨」は「朱温」の方がよかっただろう。
朱温を中心にしているが、各地の群雄伝である。大梁の朱温、淮南の楊行密、四川の王建、河東の李克用とその息子の李存勗(りそんきょく)、江南の銭鏐(せんりゅう)、荊南の趙匡凝、さらに塞外民族契丹の耶律阿保機も登場する。このほか、各地の小勢力や、名前だけになった唐を利用する勢力もある。きっかけとなった黄巣の乱の黄巣たちももちろん登場する。
次の五代十国(907−960)のうち、★印が登場人物で、☆は名前が出てきていると思うがわたしの記憶にない人物。年代はその王朝の期間で、名は初代のみ。
五代
後梁 907−923 ★朱全忠(朱温)在位(907−912)
後唐 923−936 ★李存勗
後晋 936−946 石敬トウ(王+唐)
後漢 947−950 劉知遠
後周 951−960 郭威
十国
前蜀 907−925 ★王建
後蜀 934−965 孟知祥
呉 902−937 ★楊行密
南唐 937−975 李ベン(日+弁)
荊南 907−963 ☆高季興
呉越 907−978 ★銭鏐 参考:六和塔
ビン 909−945 ☆王審知 ビン(門+虫)
楚 907−951 ★馬殷
南漢 909−971 ☆劉隠
北漢 951−979 劉崇
朱温は度量の大きな人物として頭角を現す。そして力の強い者には、腰を低くしてへつらい、力の弱い者には謀略の限りを尽くして滅ぼす。まるで徳川家康だ。そして最大の力をもち、唐朝を傀儡とするころになると、暗い人物になっていく。唐を滅ぼし皇帝となったあとは、人が変わったように疑心暗鬼となり、そのため多くの有力な臣を失う。
在位はわずか5年ほど。洛陽を中心とした要所を占めていても一勢力にすぎず、全国を制圧したわけではない。二代目になるべき息子たちに優れた人物がいないため、焦りもあった。死去するころは、すでに亡国の様相となる。
登場人物が多すぎる。そのため視点は絶えず移っていく。再登場したとき、「この人誰だっけ」となりやすい。地名も多く出てくるが、地図を添えてあるのに、ほとんどは地図に載っていない知らない地名。知らない人と知らない地名が煩雑に出てきて、説明が不十分なため焦点がぼけやすい。
栗本薫は、久しぶりに登場する人物には、前のことを思い出させるような記述をさりげなく入れる。この小説でそのような説明を入れる暇がないほど、視点の移動が速い。下巻にその傾向が強く、「今までのあらすじ」状態で、かなり読みにくい。主人公に思い入れがなくなることも読みにくい原因か。
唐が滅び宋が興るまでの53年間で、主な国でも五代十国、そんな乱立の世界の初期である。
貧しくも望みを持った少年 と 心の闇を抱えた皇帝の暗い顔