2010年11月10日

捕食者なき世界

ウィリアム・ソウルゼンバーグ   訳者 野中香方子
   文芸春秋   2010.9

     hoshokushanaki.jpg
 少し衝撃的な本である。
 著者が長年にわたり、捕食動物の管理と絶滅危惧種の保護について調査した結論である。
 頂点捕食者、食物連鎖の頂点に達する動物のことである。現在は人といえるが、これは特別で、自然の頂点捕食者としての役割を果たしていない。
 アフリカにおけるライオンやリカオン、海におけるシャチ、森林の狼。狭い海域ではラッコやウニやヒトデなど、その地域の生態系の頂点の生物がいる。これが頂点捕食者だが、その地域から頂点捕食者がいなくなるとどうなるか。
 そこの土地は荒廃してしまうのだ。その例をあげる。

 ラッコのいる海域は、ケルプの森が育っている。ケルプとは巨大な海藻である。
 ラッコはケルプに巻き付いて寝るので流されることはない。そしてラッコはケルプを食わない。関係ないようだが、もしラッコがいなくなると、海底では貝やウニが増え続け、ウニはケルプを食い尽くしてしまう。そうなるとケルプがある故に育っていた小魚がいなくなる。小魚がいなくなると、それを捕食する大型の魚もいなくなり、貝もいなくなる。 海の砂漠になってしまうのだ。
 アメリカでは狼がいなくなった。そうなると、狼を恐れていた鹿が異常に繁殖し、森林が丸裸になって、すでに育っていた背の高い植物以外は育たなくなり、餌がないため動物もいなくなる。
 イエローストーン国立公園はこうして、貧相な森になってしまった。近年カナダから狼を導入した。狼は足が遅く、元気な鹿を狩ることはできない。しかし、鹿には緊張感が生じ、逃げ場のない場所には入り込まなくなる。そして緑が回復してきたのだ。
 ベネズエラではカロニ川をせき止め、幅80キロという巨大な湖ができた。中には多くの島ができた。そこにはホエザルのいる島もあった。今までは捕食者がいたため、緊張していた。ところが島に取り残されると捕食者がいない。すぐに増えてしまい、食物は食い尽くしてしまう。緑はなくなり、裸の木に異常に多いホエザルがいる。そして、痩せて飢えていた。そのままでは全ての動植物が絶滅したであろうが、あるとき渇水があり、近くの陸地に渡ることができた。捕食者がいて危険な地域の方が住みやすいのだ。
 こんな風にいろいろな例をあげて、頂点捕食者がいなくなると、その地域では生物がいなくなってしまうと説明している。頂点捕食者はその地域の管理者の役割をしているのだ。

 もうひとつ大事なことがある。自然が豊か、生物相が豊かというのは、子供のころ見た田舎の情景を思う。ところがアメリカでは一万年以上前に人類が侵入して、多くの動物が絶滅していて、コロンブスのころにはかなり貧弱になっていたのだ。豊かにしようという人たちも、その貧弱な生物相を考えている。
 イエローストーン国立公園で狼を導入することによって豊かになったが、ライオンやゾウを導入しようなどという計画にはとても賛成が得られない。
 どこまで復活すれば良いのか。銃社会のアメリカでは、鹿しかいない森を豊かになったと喜んでいるハンターが多い。これを説得するのは難しいのだ。

 この本を読んで、日本のことも考えてみる。日光をハイキングした人なら鹿の食害に気が付くであろう。しかし、狼が絶滅したのは百年以上前。鹿が増えだしたのはここ数十年。その時間差は狼がいなくなったから、では説明が付かない。そんなふうに個別にはいろいろ問題があるにしても全体的には頷ける。
 今年は熊が出没する例が多い。もし狼を導入すれば、この熊と同じように人里に出てくる可能性が大きい。これに日本人は耐えられるか。遭難した登山者が狼に襲われたら、駆除しろと言う人が多くなるだろうなあ。
 わたしなら、崖から落ちて死んだらそれは本人の責任。死ななくて大怪我で動けなくなり、そこで狼に襲われても本人の責任と思う。そうなると銃を持つことを許可せよ、なんて話になるかな。保険に入って山岳ヘリの救助を待つべきだが。
 沖縄ではオニヒトデが大発生し、かなり珊瑚が荒らされた。ここの頂点捕食者はなんだろう。越前クラゲの大発生もある。蜜蜂の激減もある。
 ただし、機械的に頂点捕食者を入れてももとどおりに戻るわけではない。それによる害もある。鳥インフルエンザや口蹄疫などは記憶に新しい。日本では害の方が注目されている。これは目極めなければならない。

 本では、もちろんこんなおおざっぱな説明ではなく、細かく緻密に説明している。わたしには少し冗長に思えるほど。これは翻訳書ではいつも思うこと。誰々がどこどこの大学で成績はどうだった。などといわれても、「それが頂点捕食者となんの関係があるのか」と思ってしまう。それで翻訳書に手が出にくいのだが、それでもこの本はお薦め。
posted by たくせん(謫仙) at 08:25| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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