2011年01月25日

03年青森の旅 八戸

 HPから引っ越しです。8年ほど前の記録、今はどうなっていることでしょう。
 写真が見つかったので、追加しました。

 8月16日は新幹線で八戸まで。
 17日は雨が予想されていたので、八戸近辺の観光を予定していた。
 雨のせいもあったろう。冷夏のせいもあったであろう。しかし、なぜか寂しいイメージがした。

 日曜日でも、雨交じりなので観光客がほとんどいない海。

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 蕪島
 海猫に囲まれた僅かの観光客。
 もう一つの海の観光の目玉と言うべき八戸市水産科学館マリエントは、入館料200円でわかるように、とても客を呼べるものではない。これがしっかりしていると、雨の日でも客を呼べるのだ。
  
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 マリエント
 滞在型の観光地を目指すという市の目標も上滑りした感じがした。

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  えさをねだるウミネコ、今年生まれの若鳥か。

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 物見岩自然植物園
 ここは安山岩の物見台、標高52メートル。ここで魚群を見つけたら狼煙で知らせたという。海路の目印にもなった。

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 鮫角(さめかど)灯台
 小さな燈台で、入ることはできない。

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 牧場この形からすると、競馬の牧場か。 

 ひとつこれはおもしろそうだと思うものがあった。
 みろく横町という屋台の連なり。本当は屋台ではないので屋台風と言うべきだが、新しいので、清潔感はあるし、気軽に食べることができる。

 みろく横町ではない、別なある店のこと。
 そこで酒を頼んだ。一杯800円。ところがなんとコップ半分程度の「ぐい飲み」。わたしは常識的な大きさが頭にあった。しかも、皿の上にぐい飲みを乗せ、皿に溢れるように注ぐ。
 あちこちの飲み屋であることだが、わたしはこの注ぎ方が大嫌いなのだ。みっともなくないか。わたしは「乞食注ぎ」と言っている。
 ビールでもワインでもウィスキーでもカクテルでもコーヒーでも抹茶でも、こんな注ぎ方はしない。酒は文化なのだ。「別れのワイン」のあの方に、こんな注ぎ方をしてワインを出したら、当然怒るだろう。
 いっぱいに注いで、万一のために皿の上に置くのならまだよい。しかし、感じでは、大きめの「ぐい飲み」から溢れた量は中身の3割ぐらいか。
 同じようなことが京都駅の地下街の店でもあった。京都美人が着物を着て受け皿から酒を飲む風景は想像しにくい。

 わたしはティッシュペーパーを用意して、ぽたぽた落ちる酒を防ぐため、ぐい飲みの底にペーパーをあてながら一口飲んで、ペーパーでぐい飲みの底をぬぐい、皿の外に置く。
 皿に戻すとまた同じことを繰り返さねばならなくなる。
 升にコップの場合も同じだが、コップと升を別々に置いて、別々に飲む。

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 家で飲むときに使うのはこれ。八分目くらいに注ぐ。決して満杯にはしない。

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  ハマナスの実。わたしには北国の象徴。
posted by たくせん(謫仙) at 10:57| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。
 コップに入れて、升にも溢れんばかりに入れるあの注ぎ方は「盛っ切り」という注ぎ方で、あれはあれで伝統と理由があったりするのですよ。ひょっとしたら讁仙さんもご存知かも知れませんが、もともとお酒は一合で売るわけですが、一合はあの一マスぶんで180mlす。ただ、最近のグラスだと180mlがないものが多く、少なく売ってないですよ、サービスも含めて一合以上売っていますよ、というのでああいう入れ方が出始めたというわけで、、、綺麗汚い、美的かどうかでいうと僕も讁仙さんと同じで、飲むのが難しいし、大変だからあまり好きではないのですが、歴史的な経緯で生まれた飲み方、注ぎ方というのは間違いがないようです。
 もちろん、それが高尚な文化か、風俗的というか庶民流のものかとかとは別次元の話ですけれどね。
 
 あれの正しい飲み方はグラスのぶんを先に飲み、マスをあけるということらしいですが、、実際には飲みにくいし、マスならマスで、グラスならグラスで出してほしいところではあります。ひやで飲むなら、透明で形のよい銚子に透明なぐいのみや色とりどりのおちょこなんかで飲むと雰囲気が出ますよね。
 
マナーということでちょっと脇道の話ですが、ワインを注いでもらうときにグラスを持ち上げないというのも、レストランとかならあれだけれど、友人宅とかお呼ばれした家ではなんだか気をつかいますよね。相手がそのマナーを理解していればいいんだけれど、もし理解していなかったら、グラスを傾けたり持ち上げたりしないと傲慢に取られそうで、、、。
 
Posted by 樽井 at 2011年01月23日 00:10
樽井さん
わたしは一合マスとコップの組み合わせは、好きではないが許容範囲です。マス酒というのはありましたから。
ただ受け皿とコップあるいは受け皿とぐい飲みは、やめてくれと言いたい。
受け皿という考え方は日本的ではないでしょう。つまりコーヒー皿のようなものでしょうか。コーヒー皿までコーヒーを満たしたら手が出ない。
幸か不幸か酒の場合は衣類が汚れてもめだたない。テーブルが汚れても水に濡れた程度にしか見えない。
まあ皇室の晩餐会や結婚披露宴などと赤提灯を、一緒にするつもりはありませんが、ぐい飲み一杯800円というのは安い店ではない。そんなふうに扱わないで欲しいと思いますねえ。かえって赤提灯のほうが、大きなコップにして、そんな面倒なことはしないかな。

伝統と言いますが、どんなものでしょう。戦前は無かったのでは。わたしが東京へ出てきたころは見たことはありませんでした。伝統なら片口かな。関東と関西の差もありそうです。
目立つようになったのは、酒税法が改正されて、誰でも酒を作れるようになったころ。作り方や保存法も研究されて、燗にする必要がなくなり、冷した酒が出始めたころかな。(ヒヤ酒と言うのは常温)

ワインの場合、レストランでウェーターに注いでもらうのと、友だち同士で注ぐのとでは、扱いが違いますねえ。樽井さんの例はその中間でしょうか。気を遣います。
日本酒もワイングラスを使えば上品に見えます。
Posted by たくせん(謫仙) at 2011年01月24日 10:05
青森には息子がいて八戸は仕事で良く行くというので、
どんなところかと、お酒の話でしたね。

ぐい飲みの中身の3割をこぼすというのはやりすぎですね。
パフォーマンスはほどほどにですね。
ぐい飲みも酒がついて手にも・・・(笑)

正月の行った店は枡酒でした。枡は小ぶりでした。
でも、この枡が漏って・・・

謫仙さんの切子のグラスでお酒を飲んだらおいしそうですね。

自分は自作の筒茶碗に1合ぐらい入れて一日分です。
Posted by オコジョ at 2011年01月24日 15:17
オコジョさん
枡が漏って…、は困りもの。とにかく枡は縁起物ではあっても酒器としては落第ですから、量るだけに限定したい。
グラスいっぱいにしてしまうのを、喜ぶ人もいますが、それがいやで酒を敬遠するひともいます。
わたしの切子は二杯で一合ほどです。二杯か一杯が1日量(^。^)。
レンジに入れれば燗も楽にできますね。
Posted by たくせん(謫仙) at 2011年01月25日 06:52
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