2006年06月05日

知らないということ

 珍しく時事ネタを入れる。
 秋田の小一男児の死について、その前に事故死した女児の母親が逮捕された。
 新聞やテレビの話から思うことは、この犯人は警察を見くびっているということだ。警察といえば、捜査ミスや不祥事で批判にさらされているが、基本的に日本の警察はレベルが高い。だからこそ批判されるのだ。
 それを見くびって、判らないだろうと思っている。警察の能力を錯覚している。
 その記事を読みながら、北朝鮮のことを思った。偽の遺骨を送ってきたことである。それまでの誘拐が簡単にできたからといって、見くびっていたのではないか。おそらく北朝鮮の高官には、現在の科学では遺骨から人を特定できることを理解できないであろう。しかしわたしたちはそれを知っている。
 そんな現代人の基本的な情報知識さえ、あの国の人は知ることができない。それ故の反発的な日本に対する罵りも、外からみると滑稽である。
 江戸の昔に無名の科学者が、奉行所のお白州で血液型から犯人を特定したと主張しても、おそらく証拠としては採用されないであろう。当時はそんな知識は一般的になかったからである。
 知らないとはそういうことなのだ。
 同時に用心しなければならないことがある。確定されていない科学知識を以て、断定することだ。
 例をあげると血液型による性格判断がある。性格と血液型にはなんの関係もないが、もっともらしく言う人の多いこと。
 なんとか占いも同じく根拠はない。これはほとんどの人が遊びであることを知っていて、一時の楽しみとして占っているが、中には本気にする人がいる。
 しかし、人を批判するときは、しっかりとその区別を付けなければならない。
 山荘筆記05年の「変人奇人」に、あまりにもバカバカしい事業の失敗例をあげたが、新たな事業はほとんどが失敗するものなのだ。だから失敗すると予言すればほとんどは当たる。しかし当たったからといって、正しかったわけではない。
 ビルゲイツのような、あるいは孫正義のようなことを考えた人はごまんといる。しかし、成功した人は数えるほど。だからといって、間違っていたわけではない。能力が及ばなかったばかりではない。運もある。それを間違っていたと決めつけるわけにはいかない。

 わたしも知らないが故に、「見くびるな」ということと、「失敗しても間違っていたとは限らない」という、一見矛盾する意見を同時に書くことになる。
posted by たくせん(謫仙) at 19:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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