22日、十二湖に向かう。
青森から川辺に行き、五能線に乗り換える。五能線で電車は四人のボックスに一人か二人という程度で空いていた。車窓から見える稲は穂の出ていないものが多い。
冷房が無いため、陽の当たるところは暑い。右の席に行ったり左の席に行ったり。五所川原から大きく曲がるので右側のボックスに行く。
向かいの席にいたのは若い青森美人。荷物のわりに高級カメラを持っているのが目をひいた。
青森県の観光広報のため、十二湖に海蛍の取材に行くという。直接どこかに発表するわけではないが、県では問い合わせがあればこのリポートを提供して答えるという。
深浦まであまり窓外の景色を見ずに会話を楽しんだ。特に十二湖に関する情報はありがたかった。
「リポートの書き方はある程度形式があって、先輩に教わった」などと言っていたが、天気が悪くどうなっただろうか。
その人は十二湖の手前の岩崎村で降りた。役場に取材の挨拶に行って、その後サンタランド(現在、アオーネ白神十二湖)に行くと言っていた。サンタランドの施設で海蛍を見られるとか。
十二湖駅に着いた時は雲が厚かった。駅前の民宿を兼ねた食堂に入り今夜の宿を頼む。
昼食後バスで十二湖に向かう。
十二湖というが、大小30ほどの湖がある。
途中でバスを降りて歩く。いま手元に地図がないため、判りやすく説明することはできないが、写真を並べ説明する。
最初に見たのは日本キャニオン。名前は大げさすぎるが、イメージは判りやすい。
白い岩肌が剥きだし。長い時間がたつと這い松が覆うので、こうなったのはそれほど古い話ではない。
狭い山道を歩いていると、小さな湖が見えてくる。
湖というより池といった方が正しいか。
沸壺の池 青池とならぶ神秘的な青さだ。
青池には広い遊歩道がついていた。
わたしに青池を紹介した若い女性は「鳥肌が立った」と言っていた。そのため、わたしは鉱毒のまがまがしい青さを予想していたが、澄んだきれいな青さであった。
それにしても小さな池であることよ。
この日、天気は曇り、「暗くて色はいまひとつ物足りない」とは、団体を案内していたガイドの説明。なぜこのように青いのか、理由は判っていない。
すぐ近くに駐車場があった。わたしは車の通る道を歩く。
これだけ広ければ湖だ。これからは小さな湖が数珠繋ぎに現れる。小川で結ばれている。
途中からバスに乗り、五時過ぎに十二湖駅まで戻る。予約した民宿は駅前だ。
民宿のおばさんは、少し前に三田佳子さんが息子さんと一緒にここ十二湖を訪れた話をしていた。それはテレビ放送されていた(青森で見た)。
少し時間があったので、海に出てみた。
十二湖は無人駅だったかな。記憶が薄れている。
夕暮れの海岸。
夜になると雨が降り出し、布団に入るころは大雨になっていた。
23日は秋田に向かう。この日は一日雨だった。
十二湖の駅も雨に濡れていた。
秋田では、まず久保田城跡の公園に行く。
この時は傘はしまっていたが、すぐに降り出した。傘がなくても…、という程度の雨だったが時々強く降る。
藤田の絵の多い平野政吉美術館に行き、ねぶり流し館に行く。
一番小さな竿灯に挑んだがなかなか難しい。夜食はきりたんぽを食べた。
24日も雨の中、秋田駅に向かう。


旅をするなら東北がいいです。
十三湖に行った事あります。奥入瀬とか竜飛岬とか思い出しました。
たくせんさん、地震は大丈夫だったようですね?
それにしても大きな揺れは怖かったですよね〜あちこちで地震が起きてますから、そのうち相模湾沖というのも・・・壊滅的な状況を映像で観ながら、あすは我が身と考えると落ち着きません(ーー;)
十三湖とは違う十二湖ですよ。
今回の地震はまだ終わっていませんが、一息ついています。
これから徐々に影響が出てくるでしょう。
それでもいま、無事であったことを感謝しています。