2011年04月08日

碁の博物誌

江崎誠致の碁の本 U
江崎誠致   筑摩書房   1982.11

 すべてにわたって人間的な要素が息づく碁の機微を含蓄深い筆致で浮き彫りにする。
盤上盤外の記は素人が中心の話だが、博物誌はプロ棋士の話が中心である。説明するより引用した方がはやい。

     gonohakubutusi.jpg

 碁の人間風景
 P21に著者の心構えとして、
 人の値打ちは、その人の置かれた立場や経歴などとは全く関係ないと言うこと、……
P41
 碁将棋以外の各種の家元が、全盛期の遺物として命脈を保っているというのではなく、むしろ徳川時代をしのいで、わが世の春を謳歌している如き現状は、どう考えてもおかしい。世の中、馬鹿がふえているのではないだろうか。

 碁のキー・ワード
 碁の言葉について細かく説明している。たとえば定石・手筋・棋力など。単なる言葉の解説ではなく、それにまつわるもろもろの話だ。
名人 P123
 大正末期ごろのことであるが、古老の棋士が少年時代、秀哉名人の名指しで、ある新聞にのせる碁を打ったところ、その対局料として、名人から一円五十銭もらった。今日に換算すれば一万円見当であろうか。
 そのときはそんなものかと思った。ところがあとで考えてると、主催の新聞社から、名人宛にかなりまとまった金が支払われているはずであり、その中から名人がこの男にはこれ位でよかろうと金を渡しているのであり、何ともいいかげんな話だとだんだん腹が立ってきたというのである。

 これが家元制度なのだ。この本には書かれていないが、どこかで、この金額は六十円(七十円?)とか見た記憶がある。秀哉はこの収入を自分の収入だと思っているわけだ。
  
岡目八目 P129
 前に九級から一級までの詰碁 で岡目八目について書いたが、その話の元はここだった。あのとき思い出せなかったのは、老いのゆえか。
広辞苑に、「局外にいて他人の囲碁を見ていると、対局者よりは勝敗に冷静であるから、八目も先までわかるということ。転じて局外にあって観察する時は、物事の是非・得失が明らかにわかるをいう。」
   ……
「八目も先までわかる」という表現がおかしいことは、多少とも碁に心得のある人ならお気づきであろう。文体をなしていないし、意味も不明である。
   ……
 流動する読みの「手」と置き石の「目」をとりちがえているだから、解説にならないのは当然である。
 ここまでは言葉の話だが、実際は当人の方が深く読んでいる。「岡目八目は嘘だ」
 外国旅行に行って、「日本を離れて外から見たら日本のことがよくわかった」という話を、「外からみるとわかったような気がするだけで、本当はわかっていない」という。この鋭さが江崎誠致の真骨頂だ。

 以上赤字の部分はそのまま、黒字は長い文を省略するために言い方を変えてある。

 囲碁史の人物像
 囲碁史にのぼる人物を、伝から史実を推定し、そこにおける碁の役割をも考える。碁の強い著者でなくては思い至らない深さを持つ、説得力のある歴史解釈である。
  
 私の経験的上達法
 この上達法は読んで頂くとして、その中にある次の図をどう考えるか。アレッと思った方もいるだろう。一部わたしが変えてある。先ずは手順を無視して、全体の形でこの図を考え欲しい。

go11.4.2.jpg
 この形を著者は白23で碁は終わっているという。
 著者より強い人は白が良いといい、同等か弱い人は即答できない。わたしもその口で、黒が悪いとは考えられない。弱い人でも白が良いという人は進歩が早い、という。
 わたしが変えた部分は黒14で、実際はここに置き石があり、黒14はポン抜かれている。
 これは「ポン抜き30目」の説明である。さて、黒白どちらが良いか。
わたし(謫仙)の考えは、白でみて、強い人は白の厚みを利用できる。弱い人は利用できないので規模で負ける。と考えるがどうだろうか。また、その判断は形だけでなく手順もあるのではないかと思うのだ。それで手順を変えた図を作ってみた。
 図の白23では、ここに打つ人はいないであろう。勝ちましたとここに打ちたい方は手を挙げて(^_^)。

 その他、実際に著者が見た話とか経験した話である。形だけの建前論ではない。
posted by たくせん(謫仙) at 07:22| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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