2011年05月20日

われ大いに笑う、ゆえにわれ笑う

土屋賢二   文藝春秋   1996.2

「われ笑う、ゆえにわれあり」と同じような内容。姉妹編である。「われ笑う…」よりふざけ度合いは低いと思うが、それでも読んでいて疲れてしまう。そうわたしは疲れてしまうのだ。
著者はユーモアたっぷりに書いているつもりであろう。ところがわたしにはユーモア半分で、あとは文章でふざけているように見える。「われ笑う…」ではそれほど気にならなかったのに、続きとなるとふざけが表に出てきてしまう。これは本の評価でなく、読み手の心のありようを示しているのだろう。
 「あたらしい哲学入門」で「言葉の誤解を取り除けば哲学の問題は消滅する、と考えるようになってきました。」というが、ここでは、言葉を誤解するように、解こうとすると更に混乱するように持っていくので、読者はこれを解いて知らず知らずに哲学の問題を解決する方法を知る、のかも知れない。
 昔の哲学書はわたしにはバカバカしくて読む気になれない。この本が哲学なら、わたしも読んでみようという気になる。ところがそれが二冊続くと疲れる。
 その意味でも、「われ笑う…」を忘れたころに「われ大いに…」を読めばよかったか。決して「われ笑う…」に劣るわけではないのだ。
posted by たくせん(謫仙) at 08:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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