2006年07月05日

まず隗より始めよ

03.9.20 記述
 会社でアイディアを募集する。ろくなアイディアがないが、少しましなのがある。その提案者に対して、「隗より始めよ、というから、君がやってみなさい」とそのアイディアの実行を押しつける。周りの人は、提案者が苦労しているのを見ると、もうまともな提案をしない。これでは言葉の意味が逆だ。
 「隗より始めよ」とは、この例で言うなら、役に立たないようなアイディアでも、その中の一番のアイディアには、最高級の賞金をはずみなさい、というのだ。それを見れば、もっといいアイディアがある人から、俺も俺もと、優れたアイディアが提出され、役に立つアイディアも出てくる。その「呼び水として厚遇せよ」それが郭隗が「まず隗より始めよ」と言った意味だ。
 隗が始めるのは贅沢三昧。つまり人材募集の囮である。それを隗自身が言ったことに、この話のおもしろさがある。仕事はもともとやっていたので、言う必要はない。
 この郭隗は燕の昭王につかえた。昭王が隗より始めたところ、「隗程度の人物でもあれだけ厚遇されている。俺ならもっと厚遇されるであろう」と楽毅・鄒衍・劇辛らの人材が集まって、国は栄えた。
(戦国策−燕策)
 新しい意味が加わってきたといっても、「手近にあることからはじめなさい」と言っているのであって、言い出した人がするという意味ではない。
posted by たくせん(謫仙) at 07:41| Comment(0) | TrackBack(0) | 言の葉 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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