2011年08月12日

李世民

小前 亮   講談社   2005.6
 前に紹介した「趙匡胤」の作者である。ベテラン作家らしいと言いたいが、なんとこれがデビュー作。この時二十九歳だったようだ。
 田中芳樹さんでなくても思わず、「これが処女作? 冗談だろう」と言いたくなる。

    liseimin.jpg 

 唐、日本の歴史では一番なじみの深い、中国歴史を代表する唐の、第二代皇帝李世民(599−649、在位626−649)の、太原で起兵(617)してから皇帝になるまでの物語。
 隋が滅んで、有力な李淵が皇位を奪ったというわけではなく、世は戦国時代になっている。薛仁杲・劉武周・王世充・竇建徳・劉黒闥といった当時の有力者を平定して、李淵が唐朝を建てるのであるが、その立役者が李世民であった。後継者争いでは、兄と弟を殺して(玄武門の変)、父を引退させ、第二代皇帝となった。
 この歴史的事実をどう説明するか。それと、唐朝創建時の活躍ぶりが興味の中心である。

 太原の起兵のときはまだ数え十九歳、それでいながらベテラン兵法家のような采配ぶり。そのような若輩といえるが、部下ばかりでなく、兄や父の信望を集め、大胆な用兵によって次々と敵を打ち破る。
 登場人物が多く、わたしの頭は混乱してくる。しかし多いことは多いのだが、普通の人は混乱せずに済む程度だろう。個性をくっきりさせ、名前が判らなくてもあの人と判るようになればよいのだが。
 それから地図が載っているのであるが、数人の根拠地のみで、事件や戦の起こる場所が地図にはない。そのため距離感が判らず、読むのに苦労する。援軍が一日で来られるのか五日もかかるのか。逃げるときも味方の城までどのくらいか。
 視点が飛び飛びで、李世民中心とはいかず、群雄伝とも言うべき内容。そのために判りづらいのかも知れない。
 このような感覚は、「趙匡胤」の時にはなかった。わたしが地名を知っていたからかも知れない。
 戦場の戦い以上に輜重や民の生産力の戦いを重視しているのが、物語に厚みを与えている。
 実力者の兄(皇太子)とどうしようもない弟を殺害した事件では、自然な流れで、さすが後に名君と言われる人物と思わせる。なにより殺される兄が納得しているのだ。
 史実では、兄もそれなりの対抗策を出すのだが、弟が上回った。
 唐時代は何度もクーデターが起きている。その最初のクーデターが玄武門の変であった。
posted by たくせん(謫仙) at 06:53| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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