2011年08月15日

王道の樹

小前 亮   祥伝社   2008.10

     oudounoki.jpg
 中国はまとまっては分裂を繰り返している。三国の時代が終わり、晋による統一の時代となったが、晋も間もなく崩壊、東晋の時代となる。その東晋も滅びようとした四世紀の戦乱の時代に、全ての民族が平等に暮らせる統一国家の建設を目指した青年がいた。
 その名は符堅(ふけん338−385)。五胡十六国と言われた時代、北方長安を都とした秦(前秦)を継ぐ。燕を併合するが、東晋遠征に失敗。志は挫折する。
 若き日、王猛という軍師を見いだしたのが、夢の始まりであった。まるで劉備が諸葛亮を得たような話だった。諸葛亮と異なるのは乞食のようだったこと。
 符堅は三代目になる。二代目は暴君であった。クーデターを起こし三代目となる。このとき二十歳。王猛を軍師にして丞相とし、華北を統一する。この途中で燕の慕容垂を配下としたのが理想のあらわれとなる。王猛は東晋を攻めてはならないと遺言を残して、亡くなった。符堅は東晋を攻めて襄陽を落とし、東晋の朱序を配下にしたのが、夢の破れるはじめとなる。
 志は尊いが、それを地道に進める優れた宰相がいなくては、戦乱の世は渡れない。まして異民族の王の夢に簡単に従うはずが無い。王猛がいてこそ夢を描けるのであった。
 朱序に裏切られる、といっても、朱序を信じていたのは符堅だけだった。諸族平等の夢を語っただけで味方と信じ重要任務を任す。百万(実質はおそらく半分の五十万くらい)の軍で東晋を攻めようとしたが、甘い見通しで軍は壊滅。間もなく秦(前秦)は滅ぶことになる。
 民族融和を図り国を統一する、そのような考え方を王道という。
 符堅は秦の道を旅をしやすいように整備し、樹を植えて並木道とした。王道の樹は符堅の象徴である。
 戦乱の時代に、民族融和の壮図に挑んだ不世出の名君ではある。
 しかし、平時なら名君といえても、戦時では甘ちゃんの臭いがする。この下で働く臣下にとって、働きやすいかどうか。賛否の分かれるところであろう。
 この時代の小説はいままで読んだことがない。全く知らない時代なので歴史の入門書となるのでないか。
posted by たくせん(謫仙) at 11:53| Comment(2) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
こんばんは。
 この小説、ずいぶんと前に読んだんですが僕的にはこういう理想主義者の方には浮かばれてほしいし成功してほしいのですが、現実世界でこういう人が何かを成し遂げるのは非常に難しいのでしょうねぇ。特にあの国の大きさを考えると、理想と現実の間と、民族同士の争いの間はそう簡単におさまらないのでしょうしね。
 今度、李世民のほうを読んでみたいと思います。
Posted by 樽井 at 2011年08月16日 20:17
今まで戦をしていた人たちが、いきなり仲良くとはなかなかいきませんね。
勝った方は恨みを晴らしたい。負けた方はきれい事を言いやがって。
お互い疑心暗鬼になりやすいですから。
歴史や地理があまりに複雑で、訳が判らなくなることがあります。逆に民族間の争いより同族間の争いがすさまじくなったりしますね。
日本の戦国時代もそんな感じでしょうか。
李世民も、名前は知っていても、あまり実績は知られていない人物ですね。
Posted by たくせん(謫仙) at 2011年08月18日 08:24
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