2011年12月10日

熊本 熊本城(後)

熊本城 本丸御殿・宇土櫓

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 本丸前の公孫樹の樹であるが、手前の大木は枯れている。その向こうに新芽が吹き出し、大木に育った。
 本丸御殿に入る。
 まず、大御台所を見る。煙抜きのため天上のない構造の台所だ。見上げれば丸太の大きな小屋組が見られる。(写真がない)

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 大広間だが、鴨居のところで区切って使う。左手に廊下がる。

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 正面の画は大きい。
 右手は王昭君の間につづく。
  
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 これはなんの場面だろうか。

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 王昭君の図。
 王昭君については拙文 王昭君 −匈奴で得た幸せ−   と 中国美人伝 を参考願います。

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 天上画

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 板戸の画、これは見せるために集めてある。本来の使い方ではない。

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 御殿を出たころは人も多くなり、案内係も出てきた。

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 宇土櫓はここを通って左の方から入り、長い渡り廊下を通る。

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 ここから見た天守閣。

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入り口

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 内部は古い。

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 部屋の外側は武者走りといわれる廊下。住まいではないので質素。
 宇土櫓をでる。

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 不思議な模様をした石だたみ。
 ここは数寄屋丸に行く通路。数寄屋丸にも行ったが、なぜか写真がない。

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 宇土櫓を下から見ると、城らしい作りになっているのがよく判る。しかし火には弱そう。
頬当御門から外に出た。
posted by たくせん(謫仙) at 07:53| Comment(4) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
宇土櫓がいいですね。
石垣も素敵です。

戦いのための城とい感じがします。
名将加藤清正の城・・・
攻めにくそうですね。

復元も含めて名城にふさわしいですね。

九州は仕事だけで、駅から客先、宿泊場所だけ、
一度行きたいのですが、遠いです。
Posted by オコジョ at 2011年12月14日 09:26
案内係りの女性陣が美人でステキですね!(^^)!

大広間が何とも重厚な雰囲気で入っている画も綺麗な色彩で豪華ですね。
Posted by 千春 at 2011年12月14日 21:44
オコジョさん
昔から残っているのは宇土櫓だけ。中もいにしえを偲ばせました。
西南戦争で焼けたと言いますが、戦争そのもので焼けたのではなく、失火説・自損説などがあるようです。
西郷軍の目標になるから、判らなくするためという説は、頷けませんでした。すぐ近くの西郷軍が熊本城を知らないはずがなく、とても信じられません。正しくは原因不明。
当時の弓矢や鉄砲ではこの大きさの城を落とすのは難しいでしょうね。
復元には賛否があると思いますが、復旧的な復元なら賛成します。決して無駄にはなりません。
Posted by たくせん(謫仙) at 2011年12月15日 09:32
千春さん
案内係、マスコットガールですね(^_^)。わたしが写真を撮らして下さいと言ったら、自分から場所を選んでポーズを取ってくれました。
大広間は豪華絢爛というイメージです。奥の王昭君の間は、いざというとき、豊臣秀頼を迎えられるように作ったという説があります。これも定かではありません。
Posted by たくせん(謫仙) at 2011年12月15日 09:33
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