頬当御門を出て右へ、北へ向かって歩く。そして左に折れ県立美術館を目指す。
このあたりは二の丸あたり。このような大木が多い。
ようやく秋を見つけた。暦の上では明後日が立冬だが、昨日まで鹿児島は夏日だった。
雨が激しくなってくる。美術館に入り先ずは昼食。
この美術館にはとくに思い出すこともない。雨のせいもあり外の写真もない。写真がないことがこれほど記憶を薄れさせるとは。
美術館を出て、三の丸にある、旧細川刑部邸に向かう。
熊本といえば加藤清正だが、間もなく(1632)改易され、細川家三代忠利の城となる。忠利の弟興孝が刑部少輔に任じられ細川刑部少輔家を興した(1646)。二万五千石。後の代には一万石となる。
門の中は駐車場、中に入り左側に旧細川刑部邸の塀が見える。
この塀の中が旧細川刑部邸。
この屋敷は、平成2年から4年かけて移築復元したもの。もとは東子飼町にあった。
旧細川刑部邸は南側と西側が、二重の塀になっている。
まわりもまるで屋敷内の庭園のよう。どこまでが旧細川刑部邸の敷地に相当するのか。移築する前の本来の広さはどれほどか。外側の塀まで敷地なのかな。
屋敷の南側を東から西に向かって歩く。ここは二重の塀の間。
参考 城内ガイド
落ち葉も行儀良く。しつけが行き届いている。
入ってきた方向を振り返る。
ここを右に曲がる。
門前から。北方向を見る。石畳は門まで。まっすぐ行くと茶室があるらしい。左にも門がある。その外は明らかに公園であった。
長屋門、写真がないのでパンフレットの写真を拝借。
屋敷の西側に門がある。
玄関。玄関の左側に御次玄関が見える。当主以外は御次玄関を利用する。
建坪は約三百坪(990u)。
玄関前の庭
門を入った右側(南側)
長屋門の内側
南側の庭
紅葉もようやく色づいて来たところ。
ここは、最奥の東側の庭だったか。
雨で日陰ができず位置が曖昧。
主の居間だったか。
碁の盤石もあった。碁笥は装飾が施されている。
紋入りだが、古いのかな。
細川邸から出て、市立熊本博物館へ行く。その後は、城めぐりのバスで、美術館の別館へ行く。ここは市民ギャラリー専用らしい。わざわざ行くほどのところではない。物足りないので近くの県伝統工芸館へ行く。
夕刻、アーケード街を歩き、市電で熊本駅に戻った。雨は降り止まず。
参考 旧細川刑部邸


それにしても、お行儀の良い落ち葉、溝に一列にスッキリと収まって気持ち良いサマですね〜〜不思議♪
案内係、マスコットガールですね(^_^)。わたしが写真を撮らして下さいと言ったら、自分から場所を選んでポーズを取ってくれました。
大広間は豪華絢爛というイメージです。奥の王昭君の間は、いざというとき、豊臣秀頼を迎えられるように作ったという説があります。これも定かではありません。