2006年09月25日

平和ボケ

A「B君、社長が社員のために考えたのだ。しっかりやってくれたまえ」
B「はい判りました。一週間でやり遂げて見せます」
二週間後
B「Aさん、これでは社員のためになっていませんが?」
A「あたりまえだよ。社長が社員のためを考えていたら、とっくに会社は潰れているよ」


A「知床の自然を守るため、倒木を切り出す許可を下さい」
一ヶ月後
B「倒木はそのままで、大きく育っている木を切っている。申請と違う」
A「バカか。倒木など切っても、金になるわけないだろう」


A「国旗と国歌をきちんと定めたい」
B「いろいろな人がいるので強制されると困ります」
A「もちろん、強制などするはずはないだろう」
B「心配です」
成立後
B「これでは強制ですよ」
A「あたりまえだよ、強制するために法を作ったのだ」
B「約束が違います」
A「事情が変わったのだ、仕方ない」
B「どんなふうに変わったんです」
A「法律が成立したのだ」


A「日教組が騒いでいるので、日本国民は整列して日の丸を掲げ君が代を斉唱することを強制したい」
B「それは素晴らしい、自国の国旗や国歌に敬意を表するのは当然です」
A「反対するものもいるから、その時は、交通機関は全てストップさせ、ラジオ・テレビ・電話は禁止しよう」
B「きちんと整列したかどうか判るシステムを考えておきます。いつやらせますか」
A「毎日5回すべきとイスラム教徒の委員が言っている」
B「それでは、交通が麻痺してしまい、生産がストップします」
A「毎日ゴールデンアワーにすべきとキリスト教徒の委員が言っている」
B「毎日となるとテレビ局が潰れて利用できなくなります」
A「毎週曜日を決めて、その日は他のことは一切してはいけないことにしたら万全だと、ユダヤ教徒の委員が提案した」
B「一日中ではとても……」
A「建国記念日という意見がある」
B「それでは靖国を思わせて、暴力団まがいが日本を牛耳ることに……」
A「天皇誕生日では」
B「陛下は、『強制は望ましくない』と反対していらっしゃいます」
A「アメリカが命令した日という案があって、首相は乗り気だが」
B「命令されるたびに三兆円アメリカに持っていかねばなりません。毎年命令されては日本が潰れます」
A「できるだけ命令されないように工夫しよう」


A「イラクに派兵する」
B「戦闘地域に入ると戦闘が始まり、憲法違反がはっきりしてしまいます」
A「もちろん戦闘地域でないところを選んで行くさ。それに大義もある」
B「どの地域が戦闘地域でないのですか」
A「そんなことわたしに訊いても、判るわけないでしょう!!」
B「それでは大義が消えてしまいませんか」
A「君ね! 戦争に大義があるわけないでしょう。そんなことも判らんのですか」


A「国旗の強制に違憲判決が出た。なんとか国民が敬意をもって国旗に接するよう考えてくれないか」
B「国旗を掲げる家には補助金を出し、全員が大学に行けるようにしたら協力してくれますよ。若い人の就職難が問題なので、学力を身につけさせればその問題も解決します」
A「それでは国民に批判力ができて強制できないではないか。当然憲法を改変えるべきだ」
B「憲法で国旗にたいする敬意を義務づけるのは後進国だけです。先進国では例がありません。敬意と強制は相容れないものですが」
A「だから強力な軍隊を持てるようにして、軍隊で敬意をたたき込むんだ」
B「軍隊では逆効果ですので、他の案を考えてみませんか」
A「おいおい、軍隊を作らなくて、なんで憲法を変えるんだ」


A「あいつら平和ボケではないか。軍隊がなくて、侵略されたときどうして防ぐんだ」
B「そうなれば大勢の人が死にます。事前に侵略されないように努力すべきと言っています。笑止ですね」
A「大勢死んでもリセットすれば元に戻るんだ。そんなことも知らないのか」
posted by たくせん(謫仙) at 06:44| Comment(12) | TrackBack(0) | 山房筆記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
たくせんさんにしては珍しい。かなり毒を含んだ話しですね。
平和ボケとは普通逆の意味に使いますが、こういう意味もあります。
私の知っている人でも、戦争をテレビゲームの用に考えている人がいてどきっとしました。カブトムシが死んだのに、電池が切れたと思った子もいました。
現実が見えなくなって、目的と手段を取り違えている人が多いです。その錯覚を利用した詐欺の話を、骨だけを取り出したのが、たくせんさんの話だと思いました。普通騙された人もなかなか気がつきません。
Posted by mino at 2006年09月26日 06:35
 これを書くきっかけは、あるブログで、国旗国歌の強制は違憲の判決が出たとき、憲法改正を叫んでいたからでした。
 わたしはテレビを見ないのでいきさつが判らない。新聞記事だけでは、その論理が判らなかった。
 一地方裁の判決でなぜ直ちに改憲に結びつくのか。不思議でしょう。
 見当違いのところで怒っていることに気がついて、思いついた文ですが、お判りのようにほとんどは実際にあった話です。
 国旗国歌は明治以降の話。わたしは「神仏は尊し神仏を頼まず」で、国旗国歌には敬意を表しますが、なければなくてもいいと思っています。世界に一国、国旗国歌ない国があっても不都合はありません。
 こんなことを書くと暴力団まがいを呼び込むかな。
Posted by たくせん at 2006年09月26日 08:29
天皇陛下が、国旗国歌は、
「強制でないことが望ましい」
米長さんは
「もちろん、強制はしません」
石原都知事も
「強制しない」
にもかかわらず現場で強制した。そこに問題の原因があるのに、「命令に従わないとは何事ぞ」と言っても、言われた方は矛盾を感じるだけ。わたしはこの矛盾に気がつきやすいのかも知れません。
Posted by たくせん at 2006年09月26日 08:42
米長さんや都知事の話は、その場限りの社交辞令としても、現実に強制の必要性があるかどうか、それが許されるかどうか問題です。それでも二審で覆る可能性が大きいと思います。いずれにしても、違憲判決が出たので、それでは憲法を変えようというのは、普通の考えでしょう。
国旗国歌はいらないというのは新説ですが、真の目的が他にある人は当然納得しません。それは別にして、一部の人は強制されてしかるべきです。外交官、政府高官、その代理で公式行事に参加する人など。でも私には学校の行事は強制できるものとは思えません。国立大学は強制してもおかしくないか。
Posted by mino at 2006年09月26日 20:14
 わたしは、国旗や国歌に敬意を表するのはマナーの問題だと思うんですよ。冠婚葬祭のマナーは知っておく必要がありますが、知らなかったと言って、警察……ということにはならないでしょう。国旗国歌の場合、明らかに侮辱していると判ったら、公的に罰せられても仕方ない。今回はいやな人に無理矢理やらせたので、その無理矢理の部分が問題でした。
 学校では、国旗国歌に対するマナーをきちんと教える必要がありますが、同時にその意味も教える必要があります。意味を教えずマナーだけでは身に付きません。
 問題の根本は「意味を教えちゃいけない」とすることにありそうです。
 更に大学ともなれば、首長、たとえば首相や知事が命令を出したとき、それが「正当な命令か、間違った命令ならどう拒否するか。そこまで考えさせるべき」でしょう。国立だから盲従せよとは思えません。現在の大学がそこまで教えているかどうか疑問ですが、そこまで研究させなければ、大学の意味がないでしょう。高校の延長に過ぎなくなります。
 現実に外交官までマナーを知らないのは、見ていていらいらします。意味をしらないのかな。
Posted by たくせん at 2006年09月27日 09:57
冠婚葬祭のマナーとは、ちょっと次元が違うと思います。国歌の祭といえばいえます。しかし、これは法律がからむので、その法律で強制が規定されているか、違反したときの罰則が規定されているかどうかで、決まると思われます。

それから、たくせんさんのいうように、なぜ問題になっているかということをきちんと生徒に教えて、その上でマナーを教えなければ、仏作って魂入れずになりそう。それをなんとか誤魔化そうとするから無理が出たのではないかと思います。

今回は強制が是か非かで争われたので、非となりましたが、国旗国歌は是か非かに争点が移ると、是となりそうな予感がします。
Posted by mino at 2006年09月27日 22:19
法律を検索してみました。

(国旗)
第一条
1  国旗は、日章旗とする。
2  日章旗の制式は、別記第一のとおりとする。
(国歌)
第二条
1  国歌は、君が代とする。
2  君が代の歌詞及び楽曲は、別記第二のとおりとする。
このあと楽譜や図の比率などの表がありました。

 これだけでは強制できるかどうか。また、
 国旗・国歌法が99年に成立したとき、当時の小渕首相は学校での扱いについて「頭からの命令とか強制とか、そういう形で行われているとは考えておりません」と国会で答弁した。当時の野中官房長官も「強制的にこれが行われるんじゃなく、それが自然に哲学的にはぐくまれていく、そういう努力が必要」と答えていた。

 これでは強制してはいけないということにはならないが、強制していいとも言っていない。

http://eritokyo.jp/independent/nagano-pref/aoyama-col1200.html
では諸外国の判例を集めている。これを見ると先進国で罰則を設けるのはまずないようだ。しかも学校では、国旗国歌は扱わないのが普通。
 わたしは学校で、国旗や国歌に対するマナーをしつけるべきだと思っているが、先進国では学校で扱わないなら、どこでやっているのだろう。
 なお式を妨害するのは問題だと思う。処罰の対象になっても仕方ない。ただ起立しなかっただけは妨害とはいえないだろう。

 校長の命令に逆らったからという人もいる。
 命令もいろいろあって殺人命令は拒否して当然。つまり内容によっては拒否してよい。拒否したことが問題ではない。それが拒否していいものかどうかが問題なのだ。今回は拒否していいものと判決された。
 殺人命令は極論にしても「意地悪しろ」という命令はどうか。直接そういうわけではないので気づきにくいが、これはよくある。国旗国歌の強制はこれに近いか。

石原都知事は学校の荒れ具合を口にしたことがある。それをただすのだと。
少数の例(だから見に行った)で、全体を強制するのは別な意味で問題だが、
学校の問題を国旗の強制ではただせない。
問題がただせたら、強制しなくても、きちんと掲げるようになります。
それから、わたしは日の丸は好きです。国歌は曲は嫌いですが、歌詞は好き、君を天皇と解釈するからおかしくなるので、本来の意味(明治の始めに決めつける前)に戻してこの和歌を読んでみると、いい短歌だと思いますね。
Posted by たくせん at 2006年09月28日 08:21
外国の判例で、日本の行動を縛る必要はありませんが、先進国では罰則を加えることはしないというのは、きいたことがあります。
ほとんどの国で学校では国旗国歌は扱わないというのは意外でした。それでは日本のように学校で扱うのは例外ということですね。
それではどこで国旗国歌のマナーを覚えるのでしょう。
テーブルマナーのように、いつも見ているので、あらためて教育は必要ないのかと思いました。

Posted by mino at 2006年09月28日 20:28
西洋流のマナーなので、いつも目にしているので、あらためて学校で教える必要はない。
これは大いにありそうです。

わたしが考えたのは、
国旗国歌は支配階級だけのもの。だから庶民(奴隷)は必要がない。
というもの。江戸時代なら、武士の作法は庶民は知らなくてかまわない。
日本では明治以降庶民が士になってしまったので、庶民の間に士(支配階級)の作法を教えた。それが実体が判ってきて、無理が生じたのではないか。
もちろん形は戦中戦後の歴史云々となりましたが。

石原都知事の場合は、目的が別にありそうで「日の丸君が代」はその手段、と思えます。
あの実行力は尊敬に値するのですが。
Posted by たくせん at 2006年09月29日 09:26
国旗・君が代・・・
私が小学・中学の頃、世の中では卒業式に国旗をあげるあげないがあった気がします。高校時代も「仰げば尊し」は先生方の反対で歌わせていただけなかったし。
国旗や国家ぐらい、式典の時にはきちんと掲げて欲しいです。
先生方が反対なさる気持ちが分からない・・・
式典で、座ったままの先生がいらっしゃるのは
統一感が無く、みっともないです。
自国を象徴する国旗や国歌を尊重するのと
その裏に無理やり意味をこめて
やみくもに崇拝するのとは分けて欲しい。

とはいえ、法律を作るのはへんな気がします。
教員として就職するときの契約書に
「校長の指示に従う」という文言でもいれておけばいいのに☆彡
Posted by ankonano at 2006年10月05日 18:12
 ankonanoさんの時代はそんなときでしたか。
 わたしのころは、何の問題もなく、国旗を掲揚し国歌を歌い、蛍の光・仰げば尊しを歌いました。はっきり言えば、意味が判らなかった、そういうものだと思っていました。
 東京に出てきてから、日の丸は国旗ではなく、君が代は国歌ではないと、知りました。
 ようやく1999年に法律で決まりましたが、それまで国旗国歌はなかったことになります。
 <font color="♯ff0000">当時の文部省の矢野重典・教育助成局長は、8月2日の参議院国旗・国歌特別委員会で、公立学校での日章旗掲揚や君が代斉唱の指導について「教職員が国旗・国歌の指導に矛盾を感じ、思想・良心の自由を理由に指導を拒否することまでは保障されていない。公務員の身分を持つ以上、適切に執行する必要がある」と述べている。</font>らしい。
 しかし首相は前に書いたように強制しないと言っています。

 それにしても君が代はともかく、「仰げば尊し」まで歌わせてもらえないというのは異常ですね。自分が歌わないのは仕方ないと思いますが、歌わせないというのは。

 尊重するためには、その意味をきちんと理解しなければいけない。
 特に学生は<font color="♯0000ff">外国に留学して外国人に教えられて初めて知る</font>というのは、なんとしてもさけたい。そうしないと、外国人同士の争いまで、日本のせいにされてしまっても反論できない。
 先生については、ご存知のように、労働契約によって上司の指示に従うのは当然で、校長の指示に従わなければなりません。<font color="♯0000ff">教師はその職業に就いた以上、その職務を全うしなければなりません。</font>ただ、その指示が、労働契約の範囲を逸脱している場合は、労働契約にサインしても従わなくていい。賃金労働をしている人にはよくある話です。今回の場合は、そう判定されたのでしょう。
Posted by たくせん at 2006年10月06日 08:51
 ankonanoさん、いまふっと思ったのですが、ankonanoさんの卒業のころは、まだ国旗も国歌もなかった時代に日の丸・君が代を持ち出したからで、それが国旗国歌であるかないか議論されたのかも知れません。そして教員から国旗国歌ではないのでおかしいという意見が出た、これなら頷けますね。わたしの卒業のころは、そういうことを考えることもできなかったんです。
 それから
>統一感が無く、みっともないです。
というのは、非常にわかりやすいので、賛成したいのですが、統一感だけなら別な方法もある(たとえば校旗・校歌)。ここはなぜ国旗国歌でなければならないのか、それは強制できるのか。それが問題で、生徒も含めて考えろと、言いたいですね。はじめに戻ってしまいますが。
 考えることを停止してしまった。なぜ問題が生じたのか教えることを禁じたことに、思考の停止があるようです。それくらいのことも考えられない校長はみっともないでしょう?

 様々な問題があるが、国旗国歌そのものが悪いのではない。それを利用したのが悪い。わだかまりがあろうとも、今は利用していないので、国旗国歌として制定された日の丸君が代を使いたい。という結論を出せればいいと思います。
 わたし個人は国旗国歌はどうでももよい。生徒はその経緯を考えて卒業してもらいたい。その思考経過が後に役に立ちます。考えずにただ盲従するだけにならないで欲しい。切に思います。
Posted by たくせん at 2006年10月07日 19:40
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