2012年01月04日

吉野ヶ里遺跡(前)

佐賀 吉野ヶ里遺跡(前)

 11月7日の夕刻、博多に着く。
 8日は吉野ヶ里に向かう。吉野ヶ里遺跡の見学である。
 弥生時代の代表的な遺跡である。平成3年に特別史跡に指定されている。

★前5世紀〜前2世紀
 分散的にムラが誕生した。
★前2世紀〜1世紀
 外環壕が作られ、墳丘墓なども作られる。クニとしての形を整えたころ。
★1世紀〜3世紀
 国内最大級の環壕集落になる。北内郭・南内郭を持つようになった。このころが吉野ヶ里の最盛期。

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 吉野ヶ里の駅を出る。こちらに降りたのはわたし一人だった。

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 駅から吉野ヶ里遺跡まで七百メートル。ほぼ直線に近い。
 右は一面のひまわり。冬のひまわりは寂しい。左はコスモス。
   
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 看板の後ろに見える建物は遺跡ではなく、中間点。トイレだったかな。

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 大豆畑、とりいれをしていない。立ち枯れているがどうしたのか。

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 吉野ヶ里歴史公園の入り口に着いた。途中一人も行き交うこともなく、振り返っても一人もいない。

PB084592.JPG 横1000ピクセル
 入り口ゾーンは駐車場など。
 今でも発掘は続いている。色の薄い部分は未公開。だだし、発掘現場を公開している日もある。この日は公開していなかった。
 地図は右が北。左が南。こういう地図は判りにくい。鹿児島・熊本もこのような説明図が多かった。入り口から見た方向で判りやすいようだが、中に入って今どこにいるかどちらに行くかは、地図を横にしたりして見ることになる。

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 遺跡の入り口。

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 川を渡ると、遺跡になる。

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 まず目に入るのが、この逆茂木と壕と塀。これで逆茂木は役に立つのだろうか。壕の中なら判るのだが。
 このあたりから園内バスもあるが、園内は歩かないと見学できない。

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 少し歩いて南内郭入り口。
 このそばに発掘物の展示室がある。

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 展示室の前は、北内郭への道。

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 門を入る。塀は二重になっていることが多い。

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 内側の門。そばには見張り台。
 これらは見つかったのは遺構のみで、門・塀・見張り台・住まいなどすべて、推定による。

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 見張り台からは一望できる。

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 この見張り台も、どのようなものかは判っていない。柱の位置と孔の大きさなどからの推定である。しかも見学者をあげるには、現代の建築法による制限があり、頑丈に作られた。

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 こうしていくつかの見張り台がある。

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 南内郭では住まいを再現。この形の家は古いようだが、奈良時代まで庶民の家はこんなものだったという。
 南内郭は王や有力者の住まい。

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 二重の塀の外には倉庫群。市場のあったあたり。

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 集会所もある。その向こうは北内郭。

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 王の家とあり、中に入ることができる。中は低くなっている。いわゆる竪穴式住居で、夏涼しく、冬は暖かく、けっこう住みやすいらしい。

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 倉庫か。
posted by たくせん(謫仙) at 08:26| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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