2012年01月11日

果てしなき流れの果てに

小松左京   早川書房   1966.7

 この世界は三次元と言われている。時間を入れて4次元の世界と言う人もいる。しかし、時間は管理できない。一方的に前に進むばかりで戻ることはできない。最近光より速いものがあると話題になったが、それでも人がタイムマシンに乗って前後に行き来することは考えられない。
 果てしなき流れとはこの時間の流れである。

 白亜紀の恐竜の時代の地層から、砂時計が見つかった。そして砂はさらさらと下に落ちているのに、上の砂は減らず下の砂は増えない。逆さにしても同じであった。時間を自由に行き来する人たちの物語の始まりだった。
 この砂時計を見つけたチームは死んだり行方不明になったりして、全ていなくなってしまう。
 理論物理学研究所の助手野々村浩三もその一人。そして現代の世界で野々村の帰りを待つ恋人。年老いて一人で葛城山を見ながら暮らしている老婆の下に来た老人がいるが野々村か。二人はしばらく同居したのち、2018年の冬、相次いで亡くなった。
 物語はこの世界を未来から操作する冷酷で巨大な意志とそれに反発する人たちの物語。二つのグルーブの争いが、白亜紀から遠い未来まで広がる。
 日本が沈没したり、地球が太陽に飲み込まれたり、宇宙船で太陽系外へ「救出」されたり。それでもタイムマシンで行けない未来の壁がある。その先はあるのか。
「復活の日」を思わせたりして、人類の未来を考察する。
 主人公たちは人知の限りを尽くして、宇宙の意識の一部を探るが力尽きる。
 多少曖昧なところもあり、宇宙の謎を解明したとはいえないのは、小説として未完成と考える。それでも、今読んでも日本SFの輝いていたころの金字塔的な作品だと思う。
posted by たくせん(謫仙) at 08:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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