2012年01月19日

北京故宮博物院200選 解説書

東京国立博物館   2012年   A4 360頁

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 上野の国立博物館で行われている「北京故宮博物院200選」の解説書である。
「ごあいさつ」によれば、清明上河図巻は中国国内でも公開することがきわめて希な歴史的名品であり、中国国外での公開は本展が初めての機会となります。 である。
 故宮博物院院長の総論には、台北の故宮博物院との交流や提携が進んでいることも書かれている。文化大革命のときにほとんど破壊されたという話もあるが、それでも膨大な文物が残っていた。

第T部 故宮博物院の至宝
       −皇帝たちの名品−
 清明上河図をはじめ、明と清の皇帝の居城である紫禁城のコレクション。

第U部 清朝宮廷文化の精髄
       −多文化のなかの共生−
 清朝の、特に乾隆帝を中心とした文化事業の紹介。

 清明上河図(北宋時代)は折り込みであるが本物はおおきなものであり、とても細かく見ることはできない。それでもいつも出てくる橋の部分は大きく、原寸に近いと思われる。
 なお、清明上河図は似たもの(写し)がいくつかあり、東京国立博物館にもある。この本物を乾隆帝は見ていないという。

 清明上河図巻に並ぶのが「康煕帝南巡図巻」である。これも長大で、新しい(清時代)ためか色も鮮やか。その第十一巻が長江に浮かぶ大船団と清明上河図巻に似た街の様子。
 第十二巻は北京に帰ってきたときの様子。百官が並んで出迎える。これを見ると今の天安門広場はなく途中に門がある。
 正陽門箭楼−正陽門(前門)−大清門(天安門広場)−天安門−端門−午門−大和門−太和殿
と、細長い梯子のような構造である。
 正陽門箭楼の外は市街となり、北京城の正門永定門まで書かれている。

 趙孟頫の水村図巻は水墨画の佳品である。あっさり書いているように見えながら、よく見ると実に細かく書かれている。

 雍正帝はいろいろに仮装した絵がある。もちろん想像画である。
 農夫となって田に水を入れたり、漁師となったり、隠士になったり。

 乾隆帝は最も愛された皇帝であり、有能でもあった。しかも清朝の絶頂期に皇帝となった。創朝の荒事はすっかり片付いていた。もし政治的に無能であったら、宋の徽宗のようになったかも知れない。だが、政治的にも有能であった。そして宋より遙かに豊かになり、その文化活動を支える経済力があった。

 乾隆帝是一是二図軸という絵がある。乾隆帝が漢服を着て椅子に座っている。まわりはいろいろな文物がすっきりと配置されている。背後には同じ恰好の人物画が椅子の皇帝を見ている。
 当時は宮廷では漢服が禁じられ、皇帝も満州服(今のチャイナ服)を着ていた。ありえない図であるが、これによって、乾隆帝が漢族に対して漢文化を理解していたことを標示している。
 三希堂は復元であるが、その中にあるものは本物である。乾隆帝の文化活動を象徴する部屋だ。小さな部屋であるが、ここが書斎。

 皇帝の衣服も見応えがある。胸には龍が刺繍され、裾の青っぽい色合いは孔雀の羽が織り込まれている。当時のドラマではよく見る服だ。

 仏教系の像も多い。
 言うまでもないが、少数民族が極大民族を支配するので、民族融和を心がけねばならない。そこで他民族にも寛容になり、必然的に北京は国際都市になった。しかも西洋文明も入ってきた。そのため清の時代の文物は、国際的である。他の時代が中国文化独尊であるのに比べて際立った特徴となっている。

参考 たくせんの中国世界 中国文物図説 国立故宮博物院手冊
   たくせんの中国世界 横店影視城−清明上河図
posted by たくせん(謫仙) at 12:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 書庫 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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