2006年10月02日

北海道7 網走

 網走と言えばまず思い浮かぶのは流氷…ではなく、ハマナス…でもなく、北洋漁業…でもなく、網走番外地であろうか。正しくは、網走市字三眺官有無番地という。
 網走刑務所は1984年に改築されたが、その古い建物の一部が、博物館網走監獄として、近くの山の中腹に移築されている。そこまでは少し遠いのでバスに乗る。
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 これは刑務所の模型であるが、網走川を渡る橋では、川面に己を映して反省せよと、通称鏡橋と言われる。この放射状の建物は博物館に移築されている。
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 網走川を模した池にかかった鏡橋をわたると正門である。これはそっくりに再現したのであって、移築ではない。
 木造の時代は暖房など無いに等しく、過酷な環境であったため、主に重罪の人が多かった。現在は暖房も完備して、軽い罪の人も多くなったようだ。
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 これは懲罰房、3畳くらいの大きさで、窓はない。

 ここは自給自足なので、刑務所外の農場で働く人もいる。
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 これは農場の風呂場である。風呂は病気予防のためにもかかせない。月に2回だったかな(記憶が曖昧m(__)m)。

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 遠く離れたところで作業するときはこのような宿泊所に泊まった。丸太の枕。

 脱獄王といわれた白鳥由栄(しらとりよしえ)によれば、
 独房に入れられたが、「手錠と足錠をしたままであった。風呂は一度も入ったことはない」という。

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 出所してまたバスに乗り天都山展望台を兼ねた流氷館を見学。冷蔵庫の中の流氷は見て面白い物ではなく……、濡れたタオルを持っていると見る間に凍ってしまう。
 昼食後、北方民族博物館に向かう。バスの便もあるが、近くなので歩くことにする。
 途中の道端に、木賊が群生していた。その脇には黄釣船も。
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 なかなか洒落たデザインである。中の展示物もけっこう充実していた。
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 網走のモヨロ貝塚の出土品である。骨を彫ったもの。時代は判らないが、
 モヨロは網走の駅で説明したあのオホーツク民族である。
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 駅に戻り、釧路行きの列車に乗る。一輛でも列車といっていいのかな。知床斜里駅で長く停まったので、駅の外へ出たりした。釧路に着いたときはもう暗くなっていた。
posted by たくせん(謫仙) at 06:39| Comment(0) | TrackBack(0) | 旅行 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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