
謎解きはディナーのあとで の続編である。
このシリーズは連続ドラマになったが、わたしは見ていない。
いつもの如く、宝生麗子は風祭警部の珍説に悩まされ、執事の影山に殺人事件の状況を話すとバカにされ……。
第1話 アリバイ工作が、逆にアリバイを崩すことになる。
「どうか、お嬢様の予断と偏見に満ちた見解をお聞かせ下さいませ」挙げ句の果て、
「失礼ながら、お嬢様は相変わらずアホでいらっしゃいます。――いい意味で」と麗子をフォローしたふりをする暴言。
アホという単語にいい意味なんてあったか(^。^)。
「大変失礼ながら、お嬢様の単純さは、まさに幼稚園児レベルかと思われます」、「これだけの情報を得ておきながら、まるで真相に辿り着けないとは、お嬢様は、頭がお悪いのではございませんか?」なんていう暴言も言葉が丁寧なだけに余計腹が立ちそう。
全6話、同じようにさえた推理でと言いたいが、第六話「完全な密室なぞございません」では、説明不足が生じた。詳しく言うとネタバレになるので、言わないが、
ある密室に入るには1人づつしか入れないような状況で、密室の中には麗子と影山と眠っている(気絶か)風祭警部と犯人。そもそも風祭警部は真夜中にどうしてそこに入ったのか、これが最大の疑問。そして眠っている風祭警部を車に乗せて病院へ向かうラストシーン。
いったい、どうやって風祭警部を運び出したのだろう。別な出入り口があったのだろうか。それなら犯人はそこから逃げられるはず。気絶した犯人はどうしたのか。
警察に連絡し、何人かの警官が運んだなら、眠った(気絶した)ままにしておくだろうか。それらの諸々の説明を省略したので疑問を感じる。事件の解明からラストシーンまでの時間でそれができたか。
この疑問に気がつかないと、「気がつかない読者はアホでいらっしゃいます。――いい意味で」と著者に言われそう。


基本的に日本の「アホ・バカ(及びそれに類する地方言葉)」は、
「そこまで気楽に生きてるなら肖りたい」という意味の単語が元に
なったものが大多数であると今現在私見するのです。
『全国アホ・バカ分布考―はるかなる言葉の旅路』には無理なく
一本スジの通った理論が展開されていますので、機会があれば是非…
「アホ」は「阿房宮」ではなく、中国の江南地方の方言「阿呆(アータイ) 言うまでも無く「阿」は親愛の接頭語
=意味は【おばかさん】」
「バカ」は「鹿を指して馬という」ではなく、「浪費で破産した【馬家】
=羨ましいまでに能天気
「アヤカリ」も「タワケ」も「フリムン」も相手の完全否定ではなく、「愛すべき一面」を持った相手に使われるのでしょう。
語源まで考えた説明ありがとうございます(^。^)。
使われる状況と使い方によって意味が変わる。こう考えると言葉とは実に不思議なものです。
>相手の完全否定ではなく
「好き」の反対は「嫌い」ではなく「無関心」、嫌いはまだ関心がある状態だそうで、その「嫌い」より「好き」に近い状態のようです。
えっと、ここで問題は作中人物がそこまで知っていたかどうか。そのような言い方をしたかどうかですね。宝生麗子は知らないことは間違いないでしょう。執事の影山はそのような使い方があることは知っているようです。ただし、とってつけたような言い方ですから、いい意味なんてあるか、という抗議に、言い訳をせず形だけは謝っています。このやりとり、どうも影山の言わんとした意味の通りに麗子が受け止めたように感じました。つまり麗子の感じ方が正しいようでした。
この言葉は関東では、アホ>バカ ですが、 関西ではバカ>アホ だとか。それによっても感じ方は違いそう。
脳天気で思い出したのですが、「臥薪嘗胆」の臥薪とは北宋のころできた言葉で、薪の上に寝て焼き殺されかねない、「身の危ういのも知らぬ脳天気」の意味であったとか。
今の日本ではそのような意味では使われていませんので、知らなくても問題ありませんが、アホはそんな場合もあることを、知っていた方がよさそうですね。
本は控えました。図書館を調べてみます。